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 殺害の動機は夫からのDVではないかと公判では争点となった。確かに、結婚直後からDVがあったとして歌織は実家に帰ったり、シェルターに保護されている。だが、度々喧嘩の現場に仲裁のために呼び出されたという夫婦共通の友人によれば一方的な暴力ではなかったようだ。歌織もまた祐輔さんを足で蹴り、ビンタをくわせ、痣が残るほど突き飛ばし、時計、財布、キャッシュカードを取り上げて家の外に夫を放り出した。祐輔さんの携帯の通話記録は歌織がすべてチェックし、歌織が美容室に行く時には祐輔さんがついて来た。

 それでもなお二人は離婚しようとしなかった。歌織は実家を「思い出すのも嫌な場所」と証言しており、この世の中にどこにも居場所がなかったからだ。

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不倫相手との通話を録音したICレコーダーには

「ずっと離婚したかった」

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 歌織は公判で繰り返し語ったが、離婚のための決定的な証拠といえる、祐輔さんと不倫相手との通話を録音したICレコーダーを確認した翌日の未明に殺害した。その日祐輔さんは深夜に帰宅し、歌織と話し合いをすることもなく寝てしまったので喧嘩はしていない。

 その電話が殺人の契機になったことは間違いない。

「家事は手伝うからね」「子どもを作ろう」「結婚式をあげよう」

 電話で祐輔さんは愛人に未来を語っていた。

「振り返るとこれまでの私の人生において何かを必死になって手に入れたり、取り組んだりしたという経験は思い浮かびません。しかし夫と結婚したことで様々なことがあった今思うのは、普通に生活し、生きていけることの難しさと有難さです」

 歌織が、岡野あつこ離婚カウンセラー養成講座に提出した書類に書いた直筆の言葉だ。背伸びをした生活をしながらも、歌織が最も欲したのは「普通の生活」、穏やかで心の安定した暮らしだった。探し続けてもどこにも見つけられなかった居場所、望んでやまなかった生活を夫だけが先に手に入れようとしていた。歌織はそれが最も許せなかったのではないか。

「普通の生活」に憧れながらも、自分の居場所をどこにも見つけられないというやるせなさは多くの人の心の奥底に潜む空疎な孤独を揺さぶる契機になったのだろう。