2006年春に秋田県藤里町で起きた児童連続殺害事件から、15年が経つ。自らの長女、彩香ちゃん(当時9歳)と、近所に住む米山豪憲君(同7歳)を殺害した畠山鈴香受刑者は、2009年に無期懲役が確定、現在服役中。しかし、2つの事件の本当の動機は語られないままだ。
※本記事は、当時、臨床心理士として弁護団の依頼を受け、畠山受刑者と度々接見し、記憶の再生などに取り組んだ長谷川博一氏による「文藝春秋」2010年10月号の特集「真相 未解決事件35」を転載したものです。(肩書・年齢等は記事掲載時のまま)
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「自分では記憶を取り戻せないので、先生お願いします」
鈴香受刑囚は意図的にウソをついているのではなく、あるショックな出来事から無意識に心を守ろうとして、その部分の記憶を失う「解離性健忘」です。そして、彼女本人以前の問題として、捜査ミスの連鎖が事件の真相に迫れなかった原因です。そもそも「お母さんも事故の方が気が楽でしょ」と彼女に言った秋田県警が最初から本格捜査をしていたら、第二の事件は起こっていない。そして、豪憲君殺害を受け、遡って捜査した彩香ちゃんの事件で、大沢橋から突き落としたとする調書は明らかに作文です。鈴香受刑囚の記憶がないだけでなく、私が現地で会った複数の目撃者は全員が調書のストーリーを疑っています。
記憶の再生は、自分が経験したことを思い出させるのではなく、映画のフィルムに例えて、1コマ1コマ戻していく静止画の中に何が見えますか、という形で進めました。「自分では記憶を取り戻せないので、先生お願いします。何年かかってもいいんです」と本人の希望で始めたのですが、結果的に30分ずつ2回で終わりました。しかし、この作業で得た「記憶」は、調書とは全く異なる内容でした。