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ネットがない時代、東京の高校生がオリックスを応援するということ

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/09/04

 東京の下町で少年時代を過ごした僕が阪急ブレーブスというプロ野球チームを本格的に追いかけ始めたのは中学生の頃だ。小学5年生くらいまではヤクルトスワローズを応援していた。スワローズファンになるきっかけは父親のひと言だった。毎日毎日、読売戦をテレビで観戦する父親と、相手チームがいるにもかかわらず読売一辺倒の放送を繰り返すテレビに疑問を持った僕は父に尋ねた。

「なんで父さんもこのテレビ局もジャイアンツしか応援しないの? 相手チームだって同じプロ野球チームなんでしょ?」

「それはね、ジャイアンツだけが主人公で他のチームは負けるための脇役だからだよ」

 当たり前のことを聞くな、当然だろ。といった風情で冗談を言っているつもりなどなさそうな父の横顔を見つめながら幼かった僕は直感的に「この人の考え方は間違っている」と思った。もちろん父を憎んでいるわけではない。団塊の世代で関東出身の父にとってはそれが「当たり前の時代の空気」だったであろうことは今では充分に理解できる。だが小学生時代の僕にそんなことはもちろん関係ないしわかるはずもない。さらに父は「武法は東京生まれなんだからちゃんとジャイアンツを応援しなきゃな」と言った。「スワローズだって東京のチームじゃん」と言うと父は哀れみを浮かべたような顔をした。ひねくれ者で親不孝者の僕は翌日からきちんとスワローズを応援することに決めた。もちろん今もセ・リーグでは圧倒的にスワローズが好きだ。さらにそれまで野球というスポーツに何の興味もなかった僕はスワローズのおかげでこの球技そのものの魅力に気づいてしまった。

「この人たちがテレビで観られない世界はどうかしている!」

 そして中学生になった僕はロッテファンの友人の誘いで当時川崎球場を本拠地としていたロッテ対阪急戦を観に行きブレーブスの勇姿に衝撃を受ける。山田久志、星野伸之、佐藤義則、山沖之彦、今井雄太郎、福本豊、ブーマー・W、石嶺和彦、松永浩美、藤井康雄などなど、あまりにも強烈で個性溢れるプレイスタイルに僕の目は釘付けだった。「なんて凄い野球選手たちなんだ! この人たちがテレビで観られない世界はどうかしている! これは運命の出会いだ!」と強く思った。親からの紹介ではなく自分たち子どもの世界で自らの手で発見したものに強烈な魅力を感じるのは10代少年少女の宿命だ。気がつけば僕は阪急ブレーブスに夢中で、圧倒的なパワーとスピードを見せつけるパ・リーグ野球を心から愛するようになっていた。

ブーマー ©文藝春秋

 応援するようになって間もなく阪急の身売りという悲劇はあったもののまだファン歴が短かかった僕は新球団オリックスの新ユニフォームのデザインにひと目惚れしてさらに夢中になっていく。(ちなみに余談ですが皆さん、オリックスって球団グッズやユニフォームや選手応援歌や応援スタイルなど全てのセンスがズバ抜けていると思いませんか? かつてのイチローコール、T-岡田や駿太の応援歌、オリックスポンタのツイッターやぬいぐるみや「おりほー」「まけほー」のフレーズ、吉田正尚の応援ダンベルなどなど僕は今も昔もそこらへんはダントツ日本一だと思ってます)

 では1989年15歳高校1年生になった僕が東京でオリックス・ブレーブスを応援するとはどういうことなのか紹介してみます。とりあえずオリックスファンの友人は一人もいません(笑)。なのでオリックス情報はすべて自分自身で集めなくてはなりません。まずシーズン開幕前には選手名鑑を買い選手情報を完全に暗記します(特に顔!)。過去5年の成績一覧が載っているものを選べば長く楽しめます。シーズンが開幕したら少ない所持金の中から毎日スポーツ新聞を買いオリックスの一軍二軍の試合スコア&成績一覧を穴が開くほど何度も読み返します。

 そして夕方18時、試合が始まっても慌ててはいけません。どうせ観ることも聴くこともできないのですから。唯一の情報源はラジオのプロ野球中継で3回、5回、7回、試合後に流れる「他球場情報」です。地上波の読売戦はパ・リーグ速報をほとんど流さないので役に立ちません。そして何より大切なのはフジテレビ深夜の「プロ野球ニュース」です。この番組だけはオリックス戦の画面をきちんと映してくれます。毎日録画して何度も繰り返し観ます。なぜか? 選手の顔とプレイスタイルを覚えるためです。80~90年代までの東京在住オリックスファンはプレイして動いている選手の姿をほとんど観られないのでなかなか選手の顔を覚えられませんでした(笑)。もちろん、川崎球場のロッテ戦、西武球場の西武戦、東京ドームの日ハム戦はお金が続く限り通いますが川崎球場以外はそれほど近くで選手の顔を見られるわけではないので、選手がどんな顔をしているのかイマイチわからないのです。

 そんな僕にとって何よりの喜びは、年に何回かだけ地上波のテレビで放送されるオリックス戦。そしてテレビ埼玉の西武対オリックス戦中継。これを全て録画して繰り返し観ます。そうやって一人一人の選手の顔や打撃フォーム、投球フォームを完全に脳内に叩き込み、オリックス愛を育んでいくのです。

 インターネットがなかった当時、東京在住ファンは「応援グッズ」購入でも圧倒的に不利でした。アウェイ球場で売られていたオリックスグッズは本当にごくわずか。そんな中で入手した星野伸之、藤井康雄の下敷きは当時の僕の宝物でした。