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素敵な服を買うことは“浪費”ではなく“幸運を手に入れる”こと…50代女性編集長が実感した「小さな店の愛され方」って?

『年34日だけの洋品店 大好きな町で私らしく働く』 より#2

2021/09/08
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必要なものではないけれど、つい買ってしまう品々

 これ以外で多いのが、「買うつもりがなかったのに買ってしまった」という衝動買い。たまたま入った店で目に飛び込んできた服に心を鷲づかみにされるケースだ。「わー、この店の前さえ通らなければ」とおっしゃりつつ、「買います」と「清水の舞台」から飛び降りる。

 ボーナス払いでも分割払いでも、欲しいものが手に入った喜びは例えようもない。お客さんをとらえた服の魅力はどこにあったのか、帰られた後でじっくり考えたりする。

 思えばよろず屋で扱うものは主にイギリスからやってきた服や雑貨。いわばコーヒーやケーキと同じく嗜好品で、何が何でも今すぐ買わなきゃいけないものではない。食器やアクセサリー、コートやセーターだって女性はいくつも持っていて、すでにある服の処分に頭を悩ませる。

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 それなのに買ってしまう。

 新しいものを迎えることで、生まれ変わったような新鮮な気持ちになれる。これも立派な動機の一つだろう。

 新しい服を迎えると、クローゼットの整理でもしようかと重い腰を上げる。買い物は日常の新陳代謝を促進するカンフル剤かもしれない。

 そして自分で言うのも何だが、私に服を見立ててもらい、私から服を買うことが目的の方もいる。

「あなたがおすすめなものを全部買うから選んで」と言われたこともあった。

 ずっと昔に駐在していたイギリスで購入した服を引っ越しで処分し、悔やんでいるため、代わりを選んでもらおうと店に来られたらしい。このお客さんはイギリスの服を着ることで、駐在時代の幸せな思い出に浸りたいとおっしゃっていた。

明日のエネルギーを生む「服の力」

 そこで私が選んだものは、どれもイギリスを象徴するようなローカルプロダクツ。ハードなジェイコブ羊毛を織り上げたシェットランドツィードのコートドレス。そしてタータンを彷彿させるカラフルなチェックのスカートだ。

「ロンドンにいた時、こんな服ばっかり着てたわ」と、鏡に映った自分の姿をじっと見ていたお客さんは、本来の自分に戻ったようだと、柔らかな表情になった。

 遠い昔のロンドンを思い返しているのだろうか。

 私自身、買い物は大好きだし、これだと思う服を手に入れた時は、素晴らしい景色を見たり、美味しいものを食べる以上の高揚感がある。

©️iStock.com

 夜、買った服を広げたり、タグの裏表までしみじみ眺めるのも至福の時だ。この服を着て働く姿、旅する姿、帰省する姿と、色んな場面を想像するだけで、よし! 明日も頑張れるとエネルギーがみなぎってくる。

 服の力は本当に侮れない。

 だから店に来るお客さんの気持ちはよく分かる。服を買う動機が人それぞれだということも。その服を着るたびに買って良かったと思えるなら、それは浪費ではなく、幸運を手に入れたことかもしれない。

【前編を読む】50代から始めた「小さな店作り」…“私らしく働く”ために奮闘する女性を待ち受けていた数々の“困難”とは

素敵な服を買うことは“浪費”ではなく“幸運を手に入れる”こと…50代女性編集長が実感した「小さな店の愛され方」って?

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