仕事、日常生活、冠婚葬祭……TPOに応じ、私たちはさまざまな服を着る。印象深い出来事を経験したとき身に着けていた衣服はもちろん、日ごろ好んで着ていた衣服は、その人の思い出の中に大きな印象を残すものだ。

 英国情報誌を発刊する出版社の代表として長年活躍してきた井形慶子氏は、50代で自身が経営する英国洋品店をオープンした。年に34日だけの営業にもかかわらず、客足が途絶えることはないという。ここでは同氏の著書『年34日だけの洋品店 大好きな町で私らしく働く』(集英社)より一部を抜粋し、店舗経営の妙を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

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お客さんの買ったもの、欲しいものを覚えておく

 サロンであれ、レストランであれ、小商いの肝はお客さんが店から大切にされていると思えるかどうかだと思う。さらに言えば、大切にされたいから店の扉を開けるのではないだろうか。

 好きで通った小さな店は、イギリスでも日本でも店主が驚くべき記憶力で、「あ、それはこの前、色違いを買われましたよ」などと、私が買ったものや、好みなどを覚えていてくれる。客の立場としては、こちらのことをちゃんと分かってる、もしかして自分は特別な顧客なのかもしれないと嬉しくなる。

 いつも来て下さりありがとうございますと言われるより、ずっと心に響く。

 これは絶対見習うべきだと、私も売り上げ帳にお客さんの購入されたものと共に好みの色、デザイン、リクエストなども書き残すようにした。

©️iStock.com

 「小さな英国展」が始まったばかりの頃、パリと日本を拠点に活動するデザイナーさんのタイツ「クリボテラ」を販売した。ブランド名だけをブログに書いたのではお客さんの頭に残らないだろうと、ラメ糸に透かし模様が入ったピンク色のタイツを「パリのおもかげタイツ」と勝手に命名した。

 するとブログを読んで会場に来てくれたお客さんの一人が、最後の一つになったタイツを手に取り、「パリのおもかげタイツだ!」と言って購入された。こちらが考え出したネーミングを覚えてくれていたことが嬉しく、そのことを書き留めておいた。

 何年も経って、そのお客さんがよろず屋に来て服を選んでいらしたので、「前に買われた『パリのおもかげタイツ』に合わせると素敵ですよ」と声をかけた。するとお客さんはびっくりされて、「たくさんお客さんがいるのに、私がずっと前に買ったものを覚えてくれていたんですね」と喜んでくれた。

 また、あるお客さんは、自分の足は外国人並みに大きく、靴探しに苦労していると言った。サイズを伺い、これもメモを残した。しばらくして展示会でポルトガル製の柔らかなショートブーツを見つけた私は、靴を探されていたお客さんのことを思い出した。来店されるか分からないが、大きなサイズも入れてみた。ソールも2つに折れてくっつくくらいに柔らかい上物だ。