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最下位争いの広島カープは来シーズンの夢を見るか?

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/09/12

「最下位争いは来シーズンの夢をみるか?」

 現在Bクラスチームのファンの皆様。こんにちは。繰り返すように最下位争いの話です。おかしいなあ、抜け出てるはずだったのに……この世界の片隅におるままじゃ。

 判官びいきという言葉がある。

 ひとは弱いものを応援してしまうものらしい。なるほど。

 私は高校野球ではどこの地域かまったく関係なく負けている高校に思いを寄せて応援してしまう。勝ち負け逆転したらくるりと気持ちも逆転する。ビハインドのほう頑張りぃ、と。負けているチームの逆転を、逆転したらまたその逆転を祈ってしまう。そんな願いが叶い続けたら永遠に終わらない試合になってしまうわけだが寄り添うのはどうしてもいま負けている側だ。

 が、しかし。プロ野球となると違う。弱いから応援しているのではない、応援しているチームが(いま現在は)弱いのだ(血涙)。最下位を応援せねばと推しチーム変はしない。強い弱いの前に球団を好きになるのが先ですもんね。

 カープ女子が流行語になった年に何故カープなのかと分析をされた。広島に縁もゆかりもない人たちがどうしてカープファンになるのかと。優勝から遠ざかっている弱いカープ、Aクラスすら遠い球団に自分を重ね、それでも頑張っている姿に感情移入してしまうという意見が多かった。まっこと判官びいきであることよ。

 拙作「球場ラヴァーズ」という漫画を描いた時も「弱いからドラマになるんですよね」と何度も言われた。びんぼー球団だから、とか。常勝球団では強い自慢にしかならなかった? そうかなあ、そうかもなあ。

 とっかかりが判官びいきでも、好きになったら強い時も弱い時も健やかなる時も病める時もスローガンがすべってても一緒にいることを誓う。心はいつも球場じゃけぇ。

最下位争いのチームは来シーズンの夢をみるしかないのか

 さて、今シーズンのAクラスとBクラスの間に流れる深い河はどないしましょう。意識だけでも越えたいのですが。あまりに深すぎて底の見えぬゲーム差をただぼんやり眺めてしまう時がありますね。

 ひとはあまりにあまりな状況に陥るとつい「今シーズンはもう無理だから」と自分の中で現シーズン終了させてしまいがち。はやく仕切り直して安仁屋算を始めたい、次こそ優勝だ!と。あの選手も怪我から復帰するし不調のあの選手も復活するしと希望をつなぐ。来年に。

 それでも以前の低迷期とは今年は違う気がするんですよ、毎年言ってるけど、今年はほんとに。こんなに若手が出てきた年はあっただろうか、いや、ない。

 ドラフト1位で入団したものの脚のはやさだけしか期待されていなかった野間選手がなんと打ち始めた時、同じカープファンのデザイナーさんが「野間が打つ世界線にいるなんて」とまったくほめていないような喜び方をしたのを覚えている。それだ。堂林選手が活躍した去年も思ったのだ、ああ、この世界線にきたぞ。

「黒田が新井が戻ってこなかった世界線」「FAであの選手この選手が出て行かなかった世界線」「マエケンがいるときに優勝する世界線」「男前田が怪我をしなかった世界線」もどこかにあるのかもしれないなあ、と想像するけどもしあっても現在のカープはきっといまの形しかない気がする。最下位争いをしている今シーズンのカープしか。