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30という数字の見えない壁

 30代になると、多くの棋士・女流棋士が一度は不調に陥っていると、個人的に感じる。

 目に見える原因は当然わかることもないが、30という数字には見えない壁でもあって、みんなそれに衝突しているようにすら思えるのだ。

 私個人の経験で言えば、20代の爆発的な集中力や読みの精度が、少しずつ落ちているのを体感している。たくさん読んでいるつもりでも、クリアだった脳内映像に少しずつ白い霧がかかっていくような感覚がある。

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 代わりに経験値が上がり、考えなくても正解に手が行くという「考えない力」が蓄積される。

 この形に対してはこの手があとになって効いてくる、ということを、考えなくても知識として知っているのだ。

 似たようなペースで、落ちていく力と上がっていく力があるため、将棋指しは選手寿命が長いのではないかと考えている。

第39期女流名人位戦(2012年度)で作っていただいた記念マグカップ ©上田初美

 一般的に若手に有利なルールとみられているABEMAトーナメントの超早指しでベテラン陣の健闘がよく見られるのは、この「考えない力」と超早指しの相性が良いのではないだろうか、とも思う。ただ、そもそも参加しているベテラン陣は超人ばかりなので、こういった考察がまったくのお門違いかもしれない可能性も重々承知している。

 まだ経験していない40代以降はこれが少しずつ、そして確実に大きくなっていくことが予想される。落ちていく力と上がっていく力のバランスが取れなくなった時に、弱くなっていくのだろう。

報われるか分からない中で努力を続け…

 9月1日に永瀬拓矢王座に木村一基九段が挑戦する第69期王座戦五番勝負が開幕した。

 挑戦者の木村九段は46歳で初タイトルの「王位」を獲得した。46歳での戴冠は、初タイトル獲得の最年長記録だ。

 このタイトル獲得は多くのファンを嬉し泣きさせたが、棋士・女流棋士にも大きな衝撃と勇気を与えた。

 一人ひとりに聞いた訳ではないが、棋士・女流棋士を含めて多くの人は、20代中盤から30代前半が将棋での全盛期と考えていると思う。

朝日杯将棋オープン戦の大盤解説での木村一基九段と筆者 ©文藝春秋

 木村九段自身も「頑張っても、もう限界かな」と何度も諦めかけたと語っている。それでも、報われるか分からない中で努力を続け、結果を出した。

 王座戦の挑戦者決定戦で木村九段に敗れた佐藤康光九段(51歳)は、「まだまだ強くなれると思っています」と局後に語った。

 小学生の頃、夏休みにTVで「スラムダンク」の再放送を見ていた。

「諦めたらそこで試合終了ですよ」は、やはり至言なのだ。

 多くの人が思う全盛期の年齢は過ぎてしまったけれど、私も諦めずに強くなりたい。見えない壁に不安を感じて立ち止まることはない。強くなるためにできることはまだまだあるのだ。

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