日本の業界人は自分たちの世代で仕事を独占しがち
――演出家はウォーリー木下さんでした。
湯山 木下さんは、言ってしまえば岸田戯曲賞を頂点とした小劇場演劇ヒエラルキー圏外の演出家で、演劇界の人にとっても驚きの抜擢だったみたいです。彼が得意としているのは、パルテノン多摩を中心とした半径1kmの範囲で演劇、ダンス、パフォーマンスが楽しめる体感型フェスティバル「多摩1キロフェス」や、静岡の駿府城公園や市役所エリアを劇場化するような演劇の現場。関西の障がい者たちと作った舞台作品もあり、経験の引き出しは充分でした。つまり広い場所で多様な集団と大勢の人を動かす調整力が高くて、国立競技場の広い空間で複数の演目の魅力を並立させるセレモニーにはぴったりの人選だったのです。
――今回はじめて名前を知ったという方も多かったようです。
湯山 もともとは、ケラリーノ・サンドロヴィッチさんという岸田戯曲賞も取ったビッグネームの演出家が抜擢されていたのですが、彼の打ち出そうとした方向性などがすり合わなかったようで演出を退任。これは憶測ですが、ケラさんは自身の退任に当たって、同じ事務所の木下さんの演出のタイプを理解した上で適任だ、とパスを出したのではないでしょうか。もしそうならば、日本のカルチャー分野では本当に少ない「上の世代から下の世代へのチャンスの移管」です。日本の業界人は、だいたい自分たちの世代で仕事を独占しようとしますからね(笑)。
――片翼の車椅子の少女が飛び立つシーンなど、プロジェクションマッピングも有効に使われているように見えました。
湯山 木下さんは人気漫画「ハイキュー!!」の2.5次元舞台化なども担当しているので、プロジェクションマッピングで空間と時間を創り上げることは得意なはず。演劇界では2.5次元舞台は傍流と言うか、はっきり言えば格下に見られがちなジャンルですが、まさにその場所で培った能力が生きた演出でした。2.5次元舞台も紛れもない日本文化で、海外配信も始まっており、これから大きくブレイクする予兆があります。
――主役“の車椅子の少女”を演じた和合由依さんも好評でした。
湯山 すごくいい表情でしたね! ちなみにおかっぱヘアで元気いっぱいの彼女の存在は、ジブリ映画に出で来る少女たちとオーバーラップします。それに「重力やしがらみから離れて、自由に飛びたい」という気持ちは普遍的で感情移入しやすく、デコトラ、キル・ビル、童話作品のような歯車のビジュアルという個性的なシーンに攪乱されず、見た人が物語を組み立てることを手助けしてくれる作りでした。主役の和合さんも含めてほとんどのキャストがいわゆる有名人ではなかったのも、キャスティングありきにしか見えなかったオリンピックとは違う部分でしたね。