東野は、五輪1年前は男女代表、男女3人制の4種目のうち、5人制女子が最も活躍が期待できると踏んでいたという。日本女子は過去4度五輪に出場し、ベスト8の壁には撥ねつけられているが、リオ五輪では当時WNBAで活躍していた193㎝渡嘉敷来夢や主将の吉田亜沙美らが躍動。準々決勝で米国に敗れはしたが、女子バスケの実力はそれほど悲観したものではないと踏んでいた。
だが、五輪が近づくにつれ、徐々に暗雲が立ち込めた。主力の吉田がケガで引退、エースの渡嘉敷は右ひざの前十字靭帯を断裂、19年のアジアカップでMVPに輝いたPGの本橋菜子も靭帯を損傷。本橋は五輪直前に復帰したが、渡嘉敷は代表から外れた。これまで渡嘉敷を中心にした戦い方をしてきただけに、チームのレベルダウンが想定された。
全員がスリーポイントシュートを決めなければ
だがヘッドコーチのトム・ホーバスは「ないものねだりをしてもしょうがない。今の戦力で最善を尽くす」と戦術を変更。バスケは通常、司令塔のガードがパスを回し、大型のセンターがゴール下を支配する3アウト2インか4アウト1インの陣形を取るが、ホーバスは全員がアウトサイドのプレイヤーとして攻める5アウトを選択。この戦術を成功させるためには全員が3P(スリーポイント)シュートを決める必要がある。
だが、3Pという“飛び道具”は、打てる場所がリングから6.6m以上離れているため、普通の2点シュートに比べかなり成功率が低い。東野が言う。
「シュートは通常なら片手を使いますが、力がない日本女子は両手を使って3ポイントを打っています。実はこれ、すごく難しい技術なんです。片手をコントロールするより、2本の手を同じ感覚で動かす方が難儀。だから世界広しといえど、両手を使って3ポイントを打っているのは、日本代表女子だけです」
難しい技術だからこそ、ちょっとした感覚のズレや体調・心の変化でシュートが入らなくなることもしばしばある。そしてそれがスランプを引き起こす。
シューター林のスランプ
日本が誇るシューターの林咲希は代表メンバーが発表される直前の6月、深刻なスランプに陥った。練習では6割近い3ポイントを成功させていたが、試合ではリングに嫌われた。心配した東野は、技術委員会が作成した「シュートの大原則」の画像や文章を林に提示。それにはシュートを成功させるための法則が7項目に大別され、そしてそれぞれの項目ごとに目の動きや指先の感じ方から、体の使い方、物理の法則などが事細かに画像や文字で説明されている。東野が胸を張る。
「例えばですが、林選手のシュートを見て、今あなたに欠けているのは3番、5番、7番というようなアドバイスができれば、選手もストンと納得できる。選手がシュートを打てなくなる理由はさまざま。だからその人に合った普遍的なアドバイスができれば、スランプからすぐに脱出できる」