プレイブックが守られず、バブルが崩れ去った背景として、五輪を取材してきた記者はこう分析する。
「当初、4月には決めると言っていた無観客かどうかの判断をズルズル引き延ばしたことで、実際の運営体制を直前まできっちり固められなかったことが理由の一つだと思います。プレーブックはIOCとIPC、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会などがかなり綿密に規定を議論してきたのですが、その内容を確実に実行する体制づくりのほうが全く追いついていなかった。
記者IDと連動しない「健康管理アプリ」
メディアの場合、組織委から提供された『健康管理アプリ』があって、会場に入る72時間前までのPCR検査陰性判定のほか、毎日の体調をそのアプリに入力して条件のクリアが求められます。会場に入るにはアドバンスド・ブッキングシステムというシステムで申請するのですが、それらは全て記者に与えられたID番号で管理されています。
当初は、入場ゲートでカードを機械にかざすと、アプリとの連動で健康条件不適合者が弾かれるのだと思っていました。ところが、他の取材申し込みアプリなどを含めて、健康管理アプリがまったく連動していないことがかなり早い段階で判明してしまった。
PCR検査結果も健康管理アプリも取材に影響しないと分かると、どちらも履行しないという記者が少なからずいました。PCRが唾液での検査ということもあって、『神聖なスポーツ取材に唾は吐きかけない』などとメディアの記者たちは冗談まじりに言う始末です。この結果、メディアによってはPCR検査も受けないまま外で飲食し、そのままミックスゾーンで選手に接したり、大会関係者と懇談したりする状況が起きていました」
現場の叫びにかいまみえる「日本社会の映し鏡」
オリンピックファミリーに押し切られ、ステークホルダーからの要望に追われ、トップが繰り返す「安心・安全」という言葉に冷めた視線を送りながら、必死に競技の進行を支えなければならなかった現場の叫びが聞こえてくる。そしてその声を聞けば聞くほど、東京2020はガバナンス・コードとはほど遠い、不透明なブラックボックスで物事が決められ数々の問題が生じるという、まるで今の日本社会の映し鏡のようにみえる。
アスリートが力を発揮し、全力で素晴らしいプレーをする姿に私も感動し心から拍手を送った。しかし、一方で国民の不安に向き合わず、現場さえ「虚構」と表する政府・東京都・組織委による運営を「運が良かったからOK」と済ますことはできない。東京2020を検証することは、日本の構造問題そのものに向き合うことのように感じている。