誰にも看取られずひとり亡くなった者たちの、この世に生きた痕跡を完全に消し去る「事件現場清掃」を職業とし、年間3000件以上の現場に立ち会い続ける高江洲敦氏。
同氏がこれまでに見てきた事件現場の詳細を記した『事件現場清掃人 死と生を看取る者』(飛鳥新社)が各方面で話題を呼んでいる。ここでは同書の一部を抜粋。実際に目の当たりにしてきた壮絶な現場の様子を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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「現場を見ないほうがいい」と警察の方が…
ある晩秋の昼下がりのことでした。車での移動中、携帯電話に事務所宛の電話が転送されてきました。出てみると若い女性の声で、特殊清掃の依頼でした。
「父が死んだと聞いてすぐに駆けつけたのですが、警察の方からは現場を見ないほうがいいと言われて、どんな様子なのかはわからないのです」
憔悴しきった様子の女性の声からは、父の突然の死を受け入れなければならなくなった緊迫した状況がうかがえました。亡くなったのは浴室だったそうです。
私は直感的に自殺ではないかと感じ、「ご安心ください、すぐにうかがいます」と伝え、そのまま現場に向かうことにしました。
指示された住所には古い団地があり、その入り口で待っていた20代ほどと見られる女性が依頼主でした。「来てくださって本当にありがとうございます」、そう言って私の右手を震える手で握りしめてきたことから、彼女が相当の不安を感じていたことが伝わってきました。
首の動脈を切っての自殺
さっそく部屋に上がると、生臭い血の臭いが鼻につきました。そして、廊下の床には遺体の搬送中にポタポタと垂れたであろう血痕が続いていたことから、その血生臭さの元が浴室にあることがわかりました。さらに浴室に近づいてみると、浴室と廊下とを隔てる折り戸の曇りガラスには、無数の赤い点、そして手の跡が見えます。意を決して扉を開けると、そこには、電話を受けたときにすでに予想していたとおりの惨状が広がっていました。
浴槽内には血で染まった真っ赤な水。壁面には、風呂椅子を起点として、天井まで達した血しぶきの跡。死の間際にもがき苦しんだのか、血まみれの手で触ったと思われる跡が浴室内の至るところに見られました。首の動脈を切っての自殺でした。