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 死後間もなかったこと、また浴室で大量に水を使えたことで、作業自体はスムーズに終わりました。堪えたのは、やはり遺族の方が、親が自殺したという事実に直面する様子を目の当たりにしたことです。

2日前に故人に会っていた

 清掃を終えた浴室を確認してもらうと、依頼主の女性はただうなだれ、丁重な礼とともに「遺品整理だけは自分でやります」と話しました。聞けば故人は60代、妻とも死別して団地で一人暮らしをしており、長く持病を患った末の自殺ということでした。

 実はこの依頼主の女性は、2日前に故人に会っていたのだそうです。そのときに言われた「今までありがとう」という言葉に、違和感を覚えていたと言います。おそらく故人はそのときすでに死ぬ覚悟を決めていたのでしょう。

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 遺書がなかったため真実はわかりませんが、女性から聞いた故人の生前の様子からは、家族に面倒をかける前に逝いこうと考えたのではないかと思われました。私には、故人は最後までプライドを持って生きたのだと感じられましたが、その決断は、遺族にとっては到底承服しがたい、やりきれないものなのです。

自殺の覚悟

 自殺があった部屋には、独特の雰囲気があります。それは、身辺整理をしてから亡くなる人が多いためではないかと思います。何かあったときのために、旅行に出かける前や入院する前に部屋を片付けていく人は多いと思いますが、自殺があった部屋の、時が止まったかのような静かな雰囲気はそれらとは根本的に異なります。場合によっては、遺品から写真や手紙などの過去の思い出の品がまったく出てこないこともあるのです。誰にでもどうしても捨てられないものはあると思いますが、そんな想いのこもったものを一切なくして命を絶つという最期は、なんと寂しいものでしょうか。

 たとえば以前、「計画自殺」とでも言うべき現場に遭遇したことがあります。

 その部屋の主は、認知症を患っていた母とともに、ぶらさがり健康器に首を吊って亡くなっていました。その際、死後に部屋を汚さないよう、紙おむつを穿いて首を吊り、床にはブルーシートまで敷いていたのです。人は縊死すると肛門が緩み汚物が漏れ出るということを知っていたのでしょう。もちろん、室内はすみずみまで整理整頓が行き届いていました。

 しかも驚くことに、自殺した本人はあらかじめ、葬儀や墓、そして私にも見積もりを依頼し、その連絡先を依頼主となった妹さんに伝えてから自殺したということでした。