このままではない、と、このところの私は思う。ポジションの奪い合いにはいつだってストーリーがあるものだ。その節目をきっちり感じ、自分の中に落とし込むことで私たちは自分のファン歴に厚みを加えていく。この秋、ドラマの舞台はセカンドだ。渡邉諒選手・佐藤龍世選手、この2人の主役がきっともっと盛り上げてくれる。
あっという間にファンの気持ちをつかんだ佐藤選手
相も変わらず最下位に身を置くファイターズだが、ここ最近は打線の調子が上がってきている。週末のホークス戦は3試合でなんと24得点。特に土曜の試合は初回で11得点をあげた。慣れない場面に私たちは明らかに動揺し、かつて、常勝チームのファンだったというプライドをすっかり手放していた自分に気づかされた。
上り調子の打線のラインナップには佐藤選手の顔が当たり前のようにある。8月12日に発表されたトレードでライオンズから加入した佐藤選手は、あっという間にファンの気持ちをつかんだ。地元・北海道厚岸町出身で高校時代は札幌にある北海高校で野球に励んでいたことも大きい。漁師の息子さん、厚岸の牡蠣は絶品だ。
ダイナミックなバッティングと負けん気の強さがにじみ出る表情も今のチームに足りない何かを運んできてくれた気がして、胸元のゴールドのアクセサリーは去ってしまったあの人を思い出すこともあったりして、その存在自体が心を大きく揺さぶってくる。
ポジションは渡邉諒選手が8月21日に一軍登録を抹消されたことで、セカンドにすっと納まった。渡邉選手は怪我でもなんでもない、不調が原因の登録抹消。セカンドもこなせる佐藤選手の加入は、レギュラーともいえる渡邉選手を一度抹消して再調整させようとチームが決断する大きなきっかけになっただろう。
「ナベの世代はこれからチームの中心になっていく」
渡邉選手は高卒8年目、東海大学付属甲府高校では2年生で甲子園出場、2013年ドラフト1位、年齢的には学年で佐藤選手のひとつ上になる。けがなどもあって、少しずつ一軍での出場機会を増やし、2018年には60試合、2019年には132試合に出場した。当時、レギュラーを掴んだと言ってもおかしくないその姿にマイクを向けると「まだまだ定着とは言えない」と自分に厳しかった。
あの年はセカンドの名手、田中賢介選手が引退した年だった。前の年から異例の引退表明をしていた賢介選手のそばで渡邉選手は練習に取り組む姿勢から試合に臨む姿まで取りこぼすことのないように数々のことを学んでいった。
そして迎えた2020年、コロナで開幕が遅れ120試合しかない中で117試合に出場し、セカンドの技術はもちろんのこと、バッティングでもパ・リーグ右打席最高打率をたたき出し、直球破壊王子のネーミングも定着した。
「王子なんて」と彼は照れた、発言はいつも控えめなのが渡邉選手。今年は自分史上最高のシーズンを作り上げることに集中していただろう。でもそこに襲い掛かる流行り病、濃厚接触者としてしばし戦列を離れ、戻ってからもなかなか調子を上げることが出来なかった。
栗山監督は抹消時に話した。「自分の野球がどういうものかを見つめなおすという時間も必要。ナベ(渡邉選手)の世代はこれからチームの中心になっていくから」と。
そして私は渡邉選手の入団当初の言葉を思い出していた。「1年でも長く大好きな野球を続けていけるように努力したい」。長く走り続けるには時には違う景色も必要になるものだ、今回の抹消は単純なものではないのかもしれないと解釈した。だから最短の10日後に登録されなくても、それほど慌てることはなかった。