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18歳の中田翔と21歳のダルビッシュ有と名護市営球場と

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/08/25

 もう13年半も前のことになります。

 ファイターズ2008年の春季キャンプはドラフト1位ルーキー中田翔の話題ほぼ一色という感じで始まりました。

 まあもともとシーズン終了後は期待の新人の話が中心になりがちです。この1年前2007年は田中将大のルーキーイヤーで、ファイターズは一応「前年の日本一チーム」だった訳ですがキャンプ中のスポーツニュースでの扱いは完敗でした。紅白戦が「マー君の休日」に負けるんです。そして今度は自分達がドラフトの目玉を見事に引き当ててしまったらどうなったかというと、来る日も来る日も「中田翔の話題」で賑やかではあるものの「ファイターズの話題」は別に多彩ではないという、そんな感じのオフからキャンプインにかけてでありました。

この時の彼は本当にまだ少年の顔でした

 何しろ「平成の新怪物」だったんですから仕方ありません。いや、何かもっともらしい口をきいてしまいましたが、私は高校野球といえば甲子園大会開催時に南北の北海道代表を応援する程度でしかなく、投打の両方で名を馳せた大阪桐蔭高校中田翔にも特段の興味を持っていた訳ではなかったのです。ファイターズが指名に行くだろうというのは割と早いうちから聞いていた気がしますが、絶対くじ引きになるに決まっているのでそこまで真剣に「うちの子」予定という見方ではなかったんですよね。という訳で本当に当たりくじを引いてしまったあとは、「平成の新怪物・ラストイヤー追跡記」という連載をしていた「野球小僧」誌を、立ち読みで済ませずにちゃんと買っておけばよかったと後悔しきりでした(だ、だってこの雑誌1200円もしたんだもん)。

 それで遅ればせながら買った1月発売の号には、12月半ばに行われたインタビューが載っていました。入団会見や球団施設見学を経て「ファイターズの中田翔」のスタートラインの頃。

《──入団会見でダルビッシュの名前を出したことで話題になってたけど。

「対戦したいなんて言ってないんですよ。ボールを見たいって言っただけなのに、次の日の新聞見てびっくりしたんですよ。『ダルビッシュに挑戦状!』って書いてあって。ヤバイって思うじゃないですか。速攻、次の日に記者の人に『やめて下さいよ…』って言ったんですけど『大丈夫、大丈夫、向こうも喜んでたから』って。喜んでるわけないじゃないすか、って思ったんですけど…」

──でも、ダルビッシュも、新聞が面白く書いたってことはわかってるよ。

「ほんますか…」》(「野球小僧」2008年2月号)

 私がこの記事を読んだ頃、ファイターズファンのブログなどではあまりにも連日「ファイターズの話題」ではなく「中田翔の話題」が続くことに食傷気味で、小生意気な若造だと顔をしかめる風の物言いもちらほら目についておりました。ただスポーツ新聞というものは、特にシーズンオフは、誇張して盛り上げたがるもの。果たしてインタビューを見れば、まごついている18歳がいるのです。《桐蔭に来てくれてた記者の人っていい人ばっかりだったすよ。全然、いやなこともなかったですから》という言葉に、彼の無防備さの理由が垣間見えた気がしました。18歳という年齢、もう大人かまだ子供かは人によって本当に様々で、大人びた青年の18歳もいるけれど、この時の彼は本当にまだ少年の顔でした。

ダルビッシュ有と中田翔 ©時事通信社

中田翔の打球に歓声を上げたダルビッシュ

 2008年3月発売の「野球小僧」4月号が連載の最終回。キャンプイン後の中田翔について、実戦デビューの練習試合(対タイガース戦)で場外ホームランを打ったことが書かれていました。いま検索してみても、初キャンプの中田翔といえばこのホームランの話になるようです。でも私が一番印象に残っているのは、試合ではなくフリーバッティングでのとある場面でした。

 名護市営球場(まだタピックスタジアム名護ではなくて!)のスコアボードを直撃する打球を放ったんです。

 キャンプ中継の番組に出ていたOB岩本勉が「1面全部持ってけえ!」と叫んだのは確かこの時でした。というあやふやな言い方になるのは、ガンちゃん以外の別の先輩の反応を、より強烈に憶えていたからです。

 ダルビッシュ有、当時21歳の若きエース。いや、もうそろそろ端的に「エース」とだけ呼ばれていたかもしれません。

 中田翔のフリーバッティングの時、彼もグラウンドにいてインタビューを受けていたんです。道内ローカル局のどこかだったかなあ? とにかく、その最中に打球が上がって、それを目で追った彼が歓声を上げたのでした。

「あれバックスクリーン当たるんちゃう? 当たれ、当たれ! ……やったあ!」

 上気した笑顔、興奮した声。まるでチームの先輩ではなくファンが目撃したかのような。

「凄かったですね。いやあ、自分、(中田を)なめてましたね!」

 嬉しそうに楽しそうに目を輝かせ、声は弾んでいました。この時から、と言っていいと思うのですが、ダルビッシュ有は中田翔に目をかけてよく面倒を見るようになります。投手と野手で普通なら接点は少なそうですが、「甲子園で有名になったドラフト1位」という特別な立場への理解もきっとあったでしょう。長身の先輩の隣に並ぶと182cmの後輩も随分と小柄に見えて、いかにも「弟」然としていた姿を思い出します。

 今から13年半前のことでした。