光により化学反応を促進させる「光触媒」を発見し、ノーベル賞候補とも言われる藤嶋昭東京大特別栄誉教授が、8月末、中国の上海理工大に移籍した。「人類のために研究するだけ」と藤嶋氏は語るが、日本からの頭脳流出とも言える事態に、中国の「千人計画」を思い出した方もいるだろう。「千人計画」とは、世界トップの科学技術強国を目指して海外から優秀な人材を集める中国の国家プロジェクトだ。招聘された科学者に与えられる研究費は5年で2億円とされ、それ以外にも破格の待遇が保障されるなど、各国から注目を集めている。
ここでは、読売新聞取材班による『中国「見えない侵略」を可視化する』(新潮新書)の一部を抜粋し、日本人の研究者も44人が参加している同プロジェクトの実態を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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日本人研究者44人が「参加」
北京・天安門広場から3キロ程のところにある25階建て高層ビル。22階の一室で暮らすのは、北京理工大教授の日本人男性だ。約35万円の家賃のほとんどは中国政府の予算で支払われ、ビルには温水プールやジムも併設されている。
「中国政府の千人計画に応募しませんか」
人工知能(AI)を専門とする東工大教授だった男性のもとに、こう呼びかける1通のメールが届いたのは6年ほど前だ。送り主は、かつて同大で共に研究したことがある北京理工大の中国人教授だった。
千人計画とは、世界トップの科学技術強国を目指して海外から優秀な人材を集める中国の国家プロジェクトだ。年度末に定年退職を控え、「まだ何かをやりたい」と思っていたこの男性は呼びかけに応じた。
男性は、北京理工大に約300平方メートルの研究室を構え、15人ほどの中国人学生の指導に当たるほか、論文発表や特許申請、国際会議の開催など中国政府が求める20余りの仕事を5年以上継続している。
読売新聞は2021年元日の一面トップ記事で、少なくとも44人の日本人研究者が20年末までに、千人計画に参加したり、千人計画に関連した表彰を受けたりしていたと報じた。読売新聞の取材に参加や関与を認めた研究者は24人。このほか、大学のホームページや本人のブログなどで参加・関与を明かしている研究者も20人確認できた。44人の出身は、東大や京大など国立大の元教授が多かった。
千人計画は初期の段階では、中国側、外国人研究者の双方とも参加を公にしていたが、近年は、計画への参加を公表しなくなっている。これだけ多くの日本人の千人計画への参加・関与を確認して報じたのは主要メディアでは初めてだ。