ほどなくトンネルが見えてきた。
ここを通り抜けた“容疑者”たちはトンネル向こうにある第5別館の地下に連れて行かれ、残忍な拷問を受けたと伝えられている。
トンネルの入り口には、「謎のボタン」が
そんな話を聞いていたからか、午前だというのにトンネルの中に入るのが少し躊躇われた。入り口近くには「音の道」と書かれた説明板があった。トンネルの長さは84mとある。
その脇には非常ボタンを思わせるような赤いボタンがあり、ボタンを押すと、トンネルの入り口にあった鉄門が閉まる音、革靴がコツコツと鳴る音、タイプライターのカタカタというせわしない音、水の音、歌を歌う音が幾層にもなって響き渡るとある。当時の痛ましい記憶を演出するものとして設置されたそうで、いったいどんな音だったのか。
人がいなくなるのを見計らって押してみた。しかし、何度押しても音は鳴らない。前に触れたソン名誉教授は、音の記憶の中では、取り調べ官が部屋に近づいてくるスリッパ(サンダル)の音がいちばん恐ろしかったと語っている。
ボタンの前でがっくりしているところへ、「何をしているの?」と南山の散策路へ行くという60代の夫婦が話しかけてきた。南山の散策路には毎日のように通っており、このトンネルを抜けるのも日常になっているが、音が鳴る装置があることは知らなかったという。「恥ずかしい過去ですよ。でも、韓国は民主化を成し遂げて変わり続けてきましたからね」、そんなことを言ってトンネルの中に入っていった。
あとでソウル市に訊くと、そうやって南山の散策路に向かうためトンネルを往来する人が多く、音を鳴らされて不快だというクレームが殺到し、今は一時的に中断しているのだという。
夫婦に続いてトンネルの中に入った。残暑がぶり返していた日だったが、中はひんやり。拷問へ続くトンネルだったと考えると背筋が少し寒くなった。トンネルを通り抜けるころ、灰色の、4階建ての低い建物が現れた。その向こうには南山の散策路へとつながる道が続いており、ここから散策に向かう人も多い。
KCIAの「第5別館」だったこの建物は、今は南山一帯を管理する「ソウル特別市中部公園緑地事業所」になっている。建物の後ろには地下の取り調べ室に続く階段が残っていると聞いていたので、駐車場からぐるりとまわってみた。KCIA時代には“容疑者”を乗せた車をここに横づけして、車からすぐに引きずり出して地下に連れて行ったという。