9月13日に叡王を奪取し、棋聖、王位に加え、タイトルを3つに増やした藤井聡太三冠(19)。19歳1か月での三冠は、史上最年少記録を大幅に更新した。

 10月8日から始まるタイトル戦・竜王戦七番勝負の挑戦権も勝ち取っていて、年内には四冠になる可能性もある。藤井三冠の勢いは止まらない。

 史上最年少14歳2か月でプロ棋士になった頃は「望外」「僥倖」といった中学生らしからぬ言葉選びと大人びた態度が話題になった。

ADVERTISEMENT

 中学生の若さでプロ棋士になったのは藤井三冠を含めて史上5人だけ。将棋界は若くしてプロになることが、その後の活躍に直結しやすい。中学2年でプロになりタイトル獲得27期、藤井三冠同様「天才棋士」と呼ばれ続けた谷川浩司九段(59)は、新たなタイトル奪取ばかりでなく、タイトル防衛にも続けて成功した藤井三冠についてこう話す。

対局中に熟考する藤井三冠 ©共同写真イメージズ

「タイトルは、獲得した時は幸せですが、その後は防衛のプレッシャーに悩まされるものです。全棋士で1年かけて競うトーナメントで勝ち抜いた1人が、タイトルを持っている1人に挑んでくるわけです。挑戦者よりタイトル保持者のほうが気持ちの負荷がどうしても大きくなる。

 ところが藤井さんは、『タイトル戦に1番シードの位置から参加できることを喜びたい』と、プレッシャーを感じていないかのような発言をしていました。18、9歳でこの境地に達してしまったら、他の棋士はたまらないなと思いましたね。

 純粋に強くなりたいと将棋に向き合っていて、タイトル戦でも予選でも彼にとっては同じ。大舞台だからと気持ちが揺れ動いたりしないのでしょう」

 デビューから5年、藤井三冠は年長の棋士たちが舌を巻くほど成熟し、ブレないメンタルを身に付けている。

 しかし振り返れば、少年時代の藤井三冠は、大会で負けると大声で泣き、時には床にひっくり返ることもあるなど泣き虫ぶりは有名だった。

 谷川九段は、著書『藤井聡太論 将棋の未来』(講談社+α新書)で、小学2年生の藤井少年に初めて会ったときのエピソードを紹介している。

 イベントの子ども向け指導対局で、負けそうになった藤井少年に谷川九段が「引き分け」での終了を提案すると、藤井少年は将棋盤に覆いかぶさり、火が付いたように泣き出したという。中学2年でプロになった藤井三冠を見たとき、谷川九段は「あれから6年しか経っていないのか」と驚いたと語る。

 8月末に刊行された藤井三冠と丹羽宇一郎氏の対談本『考えて、考えて、考える』(講談社)でも、元伊藤忠商事会長で駐中国大使も務めた丹羽氏が、藤井三冠の強い精神力がどう獲得されたのか、その成長過程に迫ろうとしている。

『週刊文春WOMAN vol.11(2021年 秋号)』

丹羽 泣いているときに、ご両親はどうしていましたか?

藤井 負けて悔し泣きをしていたら、母はただ黙って、僕を連れ帰っていました。

(中略)

丹羽 何歳くらいから泣かなくなったんですか?

藤井 小学四年生、六級で奨励会に入るまでは、よく泣いていました。最初は、将棋を指していくなかで単純に「負けて悔しい」という気持ちで泣いていました。将棋を続けていると、自分がどこで間違えたのかがわかるようになってくるので、次第に自分のミスに対する悔しさで泣いていたのかなと思います〉