藤井三冠は5歳の時に、自宅近くの将棋教室に通い始めている。同じ5歳で将棋を始め、自らも父親である谷川九段は、伸びる子の親の特徴をこう語る。
「私自身は、5つ年上の兄との兄弟ゲンカの激しさに業を煮やした父が、兄弟で対戦できるように将棋盤を買ってくれたのが最初です。父は私が将棋に夢中になると、後に師匠になるプロ棋士の将棋教室に入れてくれ、毎回送り迎えしてくれました。ただ強くなるためにこれをやれといった口は出しませんでした。子どもが何かに夢中になったら、あとは自主性に任せるのがいい」
将棋が強い子どもはあちこちの将棋大会に出るが、負けた子どもを「何をやっているんだ」と叱ったり、「優勝しろ」と練習メニューを押し付けたりする親は少なくない。
「私は将棋大会でゲスト棋士として挨拶するとき『今日一番多く負けた人が、実は一番強くなっている』と話します。負けから学んで欲しいということもありますが、半分は親御さんに向けて言っています。勝負の世界は2分の1の確率で負けるわけで、結果を求めすぎるのは良くありません」(谷川九段)
上達は「階段状」の線を描く
逆に成長の原動力となるのは、自らを振り返る力だ。もともと将棋には「感想戦」という文化がある。対局が終了後、勝者と敗者が2人で駒を動かしながら対局を振り返る。プロはもちろんアマの子どもでも行われており、この手が敗因だったと突き止めることもある。藤井三冠は〈感想戦も好きなんです〉(『考えて、考えて、考える』)と明かしている。
「感想戦をするためには、自分が指した手を覚えていなくてはいけません。できるようになるのはアマチュア初段くらいからでしょうか。振り返ったり、相手の視点から自らの悪かったところを探るのは、将棋以外にも生かせるかもしれません。新聞記者の方が、我々の仕事にも感想戦が必要ではないかと書いていたのを読んだことがあります」(谷川九段)
藤井三冠が飛躍的な成長を遂げたのは、小学4年で入会し、約4年間を過ごした奨励会だ。
奨励会とはプロ棋士の養成機関で、月2回計4~6回の対局の勝敗で級が上がっていく。最上位の三段のみのリーグ戦で、約30〜40人のうち2位以上に入れば、プロになれる。
藤井三冠は、奨励会時代をこう振り返っている。
〈奨励会は、小学生から二十五、二十六歳までの大人たちが、将棋のプロである「棋士」を目指してしのぎを削っている場所です。棋士になるためには、悔しさを態度に出すよりも、しっかり対局を振り返って次につなげることのほうが大事だと気付きました。悔しさを全部自分で引き受けて、自分自身が強くなって勝っていくしかない、と〉(『考えて、考えて、考える』)