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 2017年に時の名人だった佐藤天彦九段が、「電王戦」でAIとの戦いに完敗したことで人間とAIの勝負は終わりを告げ、プロ棋士はいかにAIをうまく活用して、自分の将棋を磨いていくかという共存の時代に入った。今は、プロ棋士であれば誰でも、作戦を練るときなどにAIを活用して十分な準備をしてから対局に臨む。

〈今のAIは、すごく強いですけど、絶対的に強いとは捉えないほうがいいのかなと思っています。AIが示す手は、有力な場合が多いですけど、別にそれが唯一解というわけではありません。自分の考えがあって、そのうえでAIの示す手や価値判断を見て、いいところは取り入れながら、AIを利用して自分を高めていくのが大事というか、問われているのかなと思います〉(『考えて、考えて、考える』)

 ABEMAの将棋チャンネルでは、プロの対局が毎日放送されている。AIによる対局中の形勢判断がパーセンテージで画面に示され、次の最善の手も示される。その最善を導くためにAIが読んでいる将棋の指し手は数億だ。

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自らも中学生でプロ入りした谷川九段。最新刊の『藤井聡太論 将棋の未来』講談社+α新書 990円

40分の夕食休憩をすぐ終えた

「将棋で最初に指すことが可能な手は30通り。相手の次の手も30通りですから2手目で30×30の900通りの盤面が考えられる。3手、4手……と繰り返すとすぐに億になりますが、AIはこれを読むことができます。

 一方、人間は効率の悪い手は最初から省いて最初の手、次の手は3通りほど。3×3で9通り。その先読めるのは数百でしょうか。AIみたいにすべて読み尽くすことは不可能だけれど、直感で少ないパターンに絞って効率的に読んでいくわけです。直感の大切さは、AIが出現しても変わらない」(谷川九段)

 藤井三冠はAIでの将棋研究にも長けていると言われるが、強さの本質はそこではないと谷川九段は言う。

自身も中学2年生でプロ棋士になりタイトル獲得27期。「天才棋士」と呼ばれ続けた谷川九段  ©講談社

「藤井三冠がなぜ強くなったかと言うと、自分で考えに考えたからです。目の前の対局に勝つことだけを目標にしていると、対局が無いときにモチベーションを失ってしまいます。藤井さんの場合は勝ちたいよりも強くなりたいという気持ちが強い。

 コロナ禍で強くなったという報道もありましたが、2か月の自宅待機中にじっくり課題に取り組んだのが良かったのだと思います。それまでは中学高校に通いながら多くの対局をこなしていたので、時間をかけて今までの将棋を振り返ることは難しかったのではないでしょうか。

 私が藤井さんとプロ公式戦で対局したとき、彼は40分間の夕食休憩をすぐに終わらせて将棋盤の前に戻り、長時間集中して次の手を考えていました。将棋が好き、考えることが好きで、頭の体力がケタ外れですね」

 最後に、谷川九段は藤井三冠に備わる「才能」についてこう評した。

「才能とはキラキラしたもののように思われがちですが、毎日、地道なことを苦にならずに積み重ねていけることです。ご飯を食べるのと同じレベルで当たり前に将棋の勉強をするような」

※「週刊文春WOMAN」2021秋号に掲載した記事に、10月8日時点での最新のタイトル戦結果などを加筆しています。