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特集観る将棋、読む将棋

驚異の19歳、藤井聡太 三冠達成直後に控室で話しかけると柔和な青年だったが…

棋士がよみとく「夏の十二番勝負」#4

2021/09/14

 6月末から行われている、豊島将之竜王・叡王と藤井聡太王位・棋聖による「夏の十二番勝負」。お~いお茶杯王位戦七番勝負は、藤井王位が4勝1敗で防衛を果たした。一方の叡王戦は、藤井にとって5度目のタイトル戦で初となるフルセットとなった。

 史上最年少三冠がかかる藤井、初めて番勝負で藤井に土をつけるチャンスを得た豊島、どちらにとっても大一番だ――。

9月13日、叡王戦五番勝負第5局

 最終局はあらためて振り駒となり、先手となった藤井はまたも相掛かりを採用した。先手番では、王位戦第5局から4局続けて相掛かりの連投だ。対して豊島は、その第5局と同じ1歩損作戦にし、藤井が先に手を変えて、前例ある将棋になる。

振り駒の結果、藤井の先手番となった 写真提供:日本将棋連盟

 ここで豊島は、右の銀に続いて左の銀も中央に繰り出すという研究手を見せる。相掛かりで歩越し銀を2枚並べるなど前例はなく、この勝負の命運を賭けた手だ。

 藤井もこの手は想定外で長考に沈む。銀を出て中央の均衡を保つのが普通だが、藤井は約30分の長考でじっと飛車を引いた。まただ。またも藤井は相手に手を渡した。中央の制空権を放棄し、攻めていらっしゃいと誘ったのだ。十二番勝負の開幕戦、王位戦第1局では飛車が前線に飛び出てカウンターを食って完敗したが、それとは真逆の手を指している。

 短期間にこれほどまでに戦い方を変えることができるとは――。

 豊島は66分の長考で銀を前線に繰り出した。

 だが藤井の対応は巧妙だった。金を前に上げ、端角で一旦銀を押し返して休憩に。昼食注文は豊島のうな重に対し、藤井は海老天重とがっつりしたもの。プレッシャーで胃が痛くなる……なんてこととは無縁なようだ。

藤井が昼食にオーダーした海老天重 写真提供:日本将棋連盟

解説も控室もAIも予想していなかった継ぎ歩

 午後に入って、藤井は玉を中住まいにして戦場から遠ざける。私は午後3時ころに連盟に行き控室に。立ち会いの塚田泰明九段と話をした。塚田は飛車を縦横に使って歩を取りに行く革新的な戦法「塚田スペシャル」を編み出し、相掛かりの常識を覆した棋士だ。私はその塚田スペシャル1号局の1986年王将戦、中原誠名人戦の記録係だった。今のDL流相掛かりはそれを改良したものとも言える。