「25歳男性は失踪、37歳女性は獄中死寸前…」武漢ウイルス研究所に迫った記者たちの“凄惨すぎる現状”

『武漢病毒襲来』著者インタビュー

福島 香織 福島 香織
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米国情報機関のリポートをどう評価するか?

――新型コロナの起源について米国の情報機関がリポートを出しています。生物兵器の可能性は否定するも、実験室漏洩については可能性を保留しています。それについてはどう感じましたか?

廖 想定の範囲内です。この小説で引用した資料、各種の詳細な情報はすべて、このリポートでもカバーされています。人造ウイルスではないということも含めて。私はウイルスはソ連のチェルノブイリの放射能漏れ事故と類似のものだと小説中でも言及しています。ただ、チェルノブイリよりは悪質であると思います。

 第一に、中国科学院武漢ウイルス研究所の公式資料によれば、P4実験室の責任者の石正麗チームが、長い時間をかけて、何度も雲南の洞窟から大量のコウモリ由来のウイルスのサンプルをとって、実験室内に保存していたのです。その中には、強力な感染を起こすものもあった。

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 第二に、石正麗チームは何度もこうした自然のウイルスに対し、機能獲得実験を行い、最終的に人体の免疫システムを開く「鍵」を見つけた。

 第三に、李文亮ら8人の医師が、「謎のウイルス」についての伝聞を広める前、中国政府もこの謎のウイルスの恐ろしさを知らなかった。だから「デマ」として一蹴し、緊急措置を取らず、武漢から全国に感染を広げてしまった。このとき、中国政府は確かに「故意にウイルスを拡散した」わけではない。

 第四に、だが、武漢など十数の都市封鎖を実施したのち、中国政府はすでに武漢ウイルスの恐ろしさをよくわかっていたはずだが、すべての空港の税関とフライトはすぐに封鎖せず、この恐ろしいウイルスを海外に流出させ、全人類を攻撃させるに至った。

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ポストパンデミックは「次々と惨劇が起きる」

――過失であったけれど、起こるべくして起きた過失であり、パンデミックはむしろ故意に近い過失であった、と。ならば、このパンデミックで世界はどう変わると思いますか。あなたの考えるポストパンデミックの世界とは?

廖 混乱が続くでしょう。目まぐるしく次々と惨劇が起きる。しかし、一つの時代の目撃者である亡命作家として、この混乱期の世界を頭をもたげてしっかりと見た後、私は頭を低く下げて、自分の内心を見つめ、歴史の深淵を振り返ろうと思います。天安門の大虐殺から今に至るまで、いや、1949年にこの人間性の絶滅した独裁政権が誕生したはじめから今日までの一切を。

 この“一切”とはマクロの視点でなく、ミクロの視点です。一匹の憐れなアリの一生、一枚の木の葉のような。なので、私のこの小説で、自分の祖国で隔離され、苦労してかけずりまわっても、家にたどり着けない多くの悲劇を背負わせた主人公、艾丁を生んだのです。彼は失踪させられたのか? 亡き者にされたのか? 気が狂ったのか?  それとも命を賭してやり遂げたのか? 誰も知りません。何年かのち、ヒッチコックのサスペンス映画『鳥』のような映画を、誰かが自分の経験に基づいて撮るかもしれません。

 ぜひ『武漢病毒襲来』を読んでみてください。武漢ウイルスに関する書籍の中で最高の出来だと保証します。

武漢病毒襲来

廖 亦武 ,福島 香織

文藝春秋

2021年8月6日 発売