いまだ収束の気配をみせない新型コロナウイルスパンデミック。このウイルスは一体どこからきたのか。謎多きウイルスが最初にアウトブレークした2020年春節(旧正月)のころの武漢では、多くの市民記者がその真相を探ろうとして当局に拘束された。ウイルスの危険性を告発しようとした医師たちがその口を封じられた。その庶民の苦しみ嘆きをインターネットで訴えた人々は「失踪させられた」。
そんな武漢市の庶民らの姿を投影した小説『武漢病毒(ウイルス)襲来』が刊行された。著者・廖亦武氏は、かつて天安門事件を批判する詩を発表したことで投獄され、のちにドイツへ亡命した反骨の文学者だ。現在ベルリン在住の廖亦武氏に、小説に登場する実在の人物の実在の物語について聞いた。
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武漢ウイルス研究所「P4実験室」へ向かった市民記者
――『武漢病毒襲来』は、市民記者のキックリスという実在の人物の物語から始まります。武漢ウイルス研究所の取材に行った彼が国家安全部(国安)の車に追いかけられるカーチェースは実際に起きた事件で、今もYouTubeに残っていますね。
このキックリスについて、あなたの小説の中では、紅二代(共産党幹部の子弟、太子党に属する特権階級)であると書かれています。実のところ、どうなんでしょう。
廖亦武 キックリスこと李澤華は、1995年生まれで、もともとCCTV(中国中央電視台)の人気司会者でした。その後退職してセルフメディア『不服TV』を始めました。この『不服TV』はYouTubeにも公式アカウントがあります。
彼は市民記者として単独で武漢に入り、多くの視聴者の注目を集めていました。当時、武漢では弁護士の陳秋実やビジネスマンの方斌らが市民記者を名のって独自取材をしていましたが、彼らとちがってキックリスは元CCTVという専門的背景もあり、オフロード車を使い、防護服などの装備を整え、撮影・取材・解説も非常に客観的でプロフェッショナルでした。だから現地の公安当局も彼を紅二代だと思いこんでいたと思います。実際、私もキックリスは党の高官の子弟だと思います。
私はずっとキックリスの追っかけをしていました。ほかの市民記者にも注意を払っていました。みんな最も注目していたのは、武漢での本当の死者数は一体何人なのか、どのように死んでいったのか、ということでした。キックリスも最初は火葬場を取材していたのですが、その後、武漢ウイルス研究所のP4実験室に行きました。それが国家安全部に追われる理由になりました。