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 あの頃の私の葛藤を希林さんに事細かに話した記憶はないが、16歳からの付き合いである。おそらく、気づいていたはずだ。

「歳をとることを面白がらなきゃ!」

「何で私には役のオファーが絶えないんだと思う?」

 ある時、唐突に聞かれたことがある。そんなの決まっている。存在感も思考も生き方も演技力も、希林さんの代わりになる人はどこにもいないし、おそらく、これからも出てこないと多くの作り手たちが思っているからだ。

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 私だって、いつもそう思っている。希林さんでなければ成り立たない、希林さんだからこそ、お願いしたい役は多々あるのだ。

「そう? それよりもね、単純な理由があるんだよ。それはね、私がちゃんと歳をとっているから。日本には幾つになっても、その歳に見えない美人女優さんが多いでしょう。でも私は、歳相応のおばあちゃんに見えるおばあちゃんだから、おばあちゃん役はみーんな私のところに来るの!」

 そういって笑っていた。

 そうはいっても、希林さんは時々、「ねえ、私は吉永小百合さんと大して違わない年齢なのに、なんでこんなブルドッグみたいにたるんじゃったのかしら」と頬をつまみながら嘆いていたのだが。

「歳をとることを面白がらなきゃ!」が希林さんの持論だ。

その年齢なりの美しさ

「人間って、経年とともに変化していくから面白いんだよね。若い頃の美しさに固執している人は面白くないし、50歳を過ぎたら50歳を過ぎたなりの、60歳を過ぎたら60歳を過ぎたなりの、何かいい意味での人間の美しさっていうのがあると思う。それにね、70歳近くにもなって、40代に見えたところで、40代の役は来ないよ」

 たしかにその通りだけれど、女が老いを受け入れるには時間がかかる。50代前半、若く美しく見えることへの執着を容易には捨てきれなかった私に、希林さんは折に触れ、老いることの面白さと豊かさを教えてくれた。

 その年齢にはその年齢なりの美しさがある。そういうけれど、一緒に出演していた『寺内貫太郎一家』で希林さんは、31歳にして、すでにおばあさんの役をやっていた。本当はスタイル抜群なのに、すらりとした姿形を長い割烹着で隠していた。リアルに老けて見えるように、髪はフェイスラインを白く染め、眉毛も白くして、睫まつ毛げも自らハサミで短く切り、デニムスカートを穿いて稽古場に来る希林さんはパンクだった。

 それから、「年齢は手と首に出るから」と手袋をして手を隠し、スカーフで首を隠していた。これらはすべて希林さん本人の発案による役作り。いわば、メイクダウン、ドレスダウンしていたのだ。

 是枝裕和監督との作品では、入れ歯を入れずに“梅干し口”でおばあさんを演じるという大胆な行動に及んで、監督を驚かせたらしい。そんな希林さんに「入れ歯を外すなんて卑怯だよ」と言って笑うと、「あら、裸になるより恥ずかしいのよ」と返された。