浅田美代子さんは、樹木希林さんの人生の、一番弟子だった。希林さんが、2018年に75歳で亡くまるまで、ずっと「ひとりじめ」にしてきた浅田さん。
そんな浅田さんが希林さんとの思い出と、青春の日々を綴ったエッセイ『ひとりじめ』(文藝春秋)より一部抜粋して、2人の思い出を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
◆◆◆
50代はずっと老いるのが怖くて嫌だったけれど、希林さんのそばにいるうちに、次第に老いるのもそう悪くないと思えるようになっていった。
今だって嬉しいとまでは思えないけれど、希林さんがいうように「老いていくことを楽しまなきゃ」と感じ始めている。
年齢に沿って変化していくことを受け入れて面白がり、その時々の生き方を自分で見つけていくしかない。それが、人間として美しいあり方なのだろうと、希林さんの生き方を見て気付かされた。
「どう見られたって構わない」
そんな希林さんは外見だけではなく、人としてちゃんと生きている人を認めていた。一方、人として許せない生き方をしている人との共演は全て断っていた。
今の私は役者としてはもちろん、1人の女性としても、老いを恐れて過剰なケアはしない。シンプルで日常的なケアとたまのエステで十分だと感じている。それでは、日々刻まれていくシワは減ったりしないけど、歳相応の清潔感があればいいのではないだろうか。
これは自分や周囲の同世代を観察し続けた上での実感なのだけれど、おそらく、若い頃から過剰なケアを続けていた人は、自分の肌本来が持つ力が弱まっていく。どんどん過敏で過保護な肌になっているようだ。
小さな変化でも過敏に反応して荒れてしまうから、より強いケアをして、また過敏になっていくという悪循環。私としては、肌も生き方同様に、自立を促したほうがいいと思っている。希林さんはいつだって石鹸で洗顔するだけなのに、ツルツルだった。
こんな風に老いていく自分を面白がって観察したり、向き合ったりを続けていたら、いつの間にか、その恐怖を乗り越えられていたように思う。
60代の今は、「どう見られたって構わない」という境地にたどり着いたような気がする。映画のスクリーンに、このシワが刻まれた顔がドーンと映ろうと、ノーメイクの顔や、すごい形相の自分が映ろうと、全く気にならなくなった。
むしろ、それが監督や作品にとって好ましいものならば幸せだ。心の底からそう思えるようになったのは、やはり、希林さんのおかげに他ならない。これからも演者としてはもちろん、1人の女性としても、しなやかに付き合っていきたいと思う。
とはいっても、グレーヘアーに出来るのはいつだろうと悩んでしまうのだが。
結婚のこと
中学校から厳格な女子校に通っていて、16歳で芸能界に入った私は、それまで恋と呼べるほどの感情を味わったことがなかったように思う。