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2021/09/24

source : 週刊文春出版部

genre : エンタメ, スポーツ, 読書

 星野は2002年から阪神タイガースの監督となり、今や大阪の人となっても、その広告看板がいまだ名古屋の街のいたるところに見られるのに、落合が監督候補となっても沸き立つような声は聞こえてこなかった。

 現役時代の落合には、球団との契約交渉の席で年俸を不服とするなど金銭闘争のイメージがあったからだろうか。それとも7年の在籍後、導入されたばかりのフリーエージェントの権利(FA権)を行使して、よりによってライバルである巨人へ移籍したからなのか。

 厄介者や裏切り者を見るような視線はあっても、なぜか球団からもこの街からも、かつての四番バッターへの郷愁はほとんど感じられなかった。

 天井の低い記者席で、私はまた、あの東京の静かな住宅街の中でそこだけ切り取られたような赤と青を思い出していた。存在はしているが、決して周囲と調和していないあの色彩である。

 落合が中日の新監督に決定したと発表されたのは、それから3日後のことだった。

 ダークグレーのダブルに臙脂色のネクタイを結んで球団旗の前に立っていた。人がごった返し、カメラがずらりと並んでいる会見場を、ひな壇の上から見渡していた。私は場の片隅で呆然と落合を見ていた。頭の中には「恥かけよ」というあの日の言葉が繰り返し響いていた。

落合博満監督 ©文藝春秋

 あの台詞にはどういう意味があったのだろうか。単なるブラフか、それとも……。

「勝負事ですから、負けるつもりではやりません。まあ、選手たちには泣いてもらうことになるでしょう」

 新監督になった落合はマイクの前で、また意味深なことを言った。

 無数のフラッシュを浴びたその顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 私がその笑みの正体を知るのは、それから数カ月後のことだった。

【前編を読む】《中日監督就任直前》「で、なんだ?」自宅に直撃した記者に対する落合博満の“意外すぎる”対応

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