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「ノーアウト二塁なら全部セカンドゴロを打ちたい」ベイスターズ・宮﨑敏郎が自分よりチームを想う気持ち

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/10/10

 安心、安全、信頼の“ハマのプーさん”。

 入団4年目の2016年にレギュラーを獲得すると、翌2017年には首位打者に君臨した宮﨑敏郎。以降、若干のスランプや怪我による離脱はあったものの、サードを守る主軸のひとりとして宮﨑は今日も躍動している。

「守備位置から見るハマスタの景色が好きなんですよねえ」

 いつだか微笑みながらそんなことを教えてくれたが、毎年のように3割前後を打ち、2018年にはゴールデングラブ賞を獲得した宮﨑にとって、もはやホットコーナーは“絶対領域”だと言っていい。その実力を疑う者は誰もおらず、現時点で宮﨑の地位を脅かすライバルや若手選手はいない。

宮﨑敏郎 ©文藝春秋

「宮﨑の資質を見出したのはラミちゃんの功績だよ」

 宮﨑のバッティングは時に“天才的”と称されることがある。狭いスタンスから独特のタイミングでスッと左足を引き上げるフォームに溜めと壁のあるスイング。ゾーン内での対応はもちろん、アウトサイドへはしっかりと踏み込み、インサイドの厳しいコースであっても右足を軸にクルッと回転してさばくことができる。そのバットコントロールは、日本野球界にあって稀有なものだ。

「けど、オレはそのすごさには気づけなかったんだよなあ……」

 以前、正直にこう語っていたのが、宮﨑の入団時にベイスターズの監督を務めていた中畑清氏である。2013年に入団した宮﨑とは、3シーズン指揮官として接してきた。そのころの宮﨑は、節目節目に一軍に上がってくるバックアップメンバーだった。

「ラミレスが監督になったとき(2016年)、宮﨑を使っていくと聞いたから大丈夫かって訊いたんだよ。するとラミちゃんは『打撃に関しては可能性を感じさせるので』と言っていたよね。だから宮﨑の資質を見出したのはラミちゃんの功績だよ。ただオレは、確かにバッティングは光るものがあると感じてはいたけど、守備に難があって守るポジションがないと決めつけていたんだよ。厳しい言い方だけど、当時は守備に対する集中力が低い選手だと見ていたんだ」

 たしかに思い当たるフシはある。2014年4月の阪神戦、セカンドでスタメン出場した宮﨑は、バント処理に当たったピッチャーの山口俊が二塁へ送球すると思い込み、一塁のベースカバーに入りよそ見をして送球を後逸するといったボーンヘッドを起こしてしまう。この翌日、宮﨑は登録抹消された。その後ファームでは結果を残していたものの、結局このシーズン、最後まで一軍に上がることはできなかった。

 数年後、当時のことを訊くと宮﨑は「いや~」といった表情で苦笑した。

「やってしまったなと思いましたね。もう二度と上へは行けない。正直、僕の野球人生はこれで終わったなって……」

 そんなオーバーな、とも思ったが当事者にとっては数少ないチャンスを失ったわけである。ワンプレーで道が拓けることもあれば、ワンプレーでどん底へ落ちることもあるのがプロの世界。大卒社会人出身ゆえにプロとしてスタートが遅かった当時の宮﨑にとって、このボーンヘッドは痛恨だった。

「とはいえ下を向いていてもしょうがないですよね。このまま腐っていくのは嫌だなと思いましたし、これで終わったら後悔するというか納得がいかない」

 その後、宮﨑はスカウトとしてプロの世界に導いてくれた万永貴司コーチにしごかれながら飛躍的に守備力を伸ばし、前述したようにサードでゴールデングラブ賞を手にしている。

「本当、落ち込みましたけど、まあ、あれで名前を覚えてもらったかなって」

 そう冗談を言って宮﨑は、恥ずかしそうに笑顔を見せてくれた。