次第に村山家の家計は逼迫し、父親ひとりの給料で生活していくのは難しくなっていた。敏子が何度訴えても夫は聞く耳を持たず、長女と次男からの暴力と、夫や長男からの無視に耐えられなくなった敏子は、家を出ていくしかなかった。
暴力の始まり
邪魔者を追い出した健一は、さらに一家の支配を進めていく。村山家に寝泊まりするようになり、遊ぶ金欲しさに翼を働かせるようになった。
冬が近づいてきた頃、翼が台所で洗い物をしようとすると、
「お湯は使うな!お前が使っていいのは水だけだ、いいな!」
真奈美は、健一が翼を怒鳴りつけているのを見てしまった。
「あのな、悪いことしたんだから謝れよ」
「ごめんなさい」
翼が謝ると、
「なんだそれ?そんな謝り方あるかよ、お前何様だよ」
翼は、床に座り土下座をした。
「ごめんなさい……」
「は? 申し訳ございませんだろ?」
「申し訳、ございません」
「聞こえねえよ!」
健一は、土下座をしている翼の胸を思い切り蹴った。
苦しそうにしている翼に、健一は台所にあった洗剤を飲むように言い、嫌がる翼は、顔を殴られ続けていた。そして、一気に洗剤を飲み干すと、口から泡を吹いて、その場に倒れた。
健一は、口から泡を吹いている翼を見て笑い転げていた。
「あいつの父親はヤクザなんだ。ちゃんと教育してやんないと」
凍り付いた表情で見ていた真奈美を、健一は寝室に連れて行った。
「これからは、俺がちゃんと翼を教育するから。あいつの父親はヤクザなんだ。ちゃんと教育してやんないと、いつかあいつもヤクザになって家族を攻撃するからな」
真奈美は衝撃を受けた。裏社会に詳しい健一の話なら間違いないはずだ。翼の父親はヤクザ……。真奈美はそれ以来、翼が健一から暴力を受けているところを見ても、どこかで仕方がないと思い込むようになっていった。
翼は、どれほど寒い日であってもお湯を使うことは許されず、風呂でも水を使わされていた。健一の虐待に父親や兄は全く気がついていなかった。
よく健一は、「翼と訓練をしてる」と言って、翼が傷だらけで帰って来ることがあった。健一は怒り出すと止まらないところがあり、真奈美は恐怖を覚えることもあったが、家族は信用できず、頼れる人は唯一、健一だけだった。
広い屋敷の中で、翼は完全に奴隷だった。昼間は外で働かされ、夜は健一と真奈美の世話をさせられるのだ。疲れて帰ってきているにもかかわらず、ふたりの食事が済むまでは食事を摂ることが許されなかった。食事はいつも残飯で、見る見るうちにやせ細っていった。