家族の悩みは他人に相談しにくく、押さえ込んだ感情がいつ爆発するかわからない。それを証明するかのように、日本での殺人事件の約半数は家族間で発生している。
加害者家族の支援団体「World Open Heart」で理事長を務める阿部恭子氏は、自身がこれまでに支援を行ってきた加害者家族のうち、家族間で行われた殺人の実態を著書『家族間殺人』(幻冬舎新書)にまとめた。ここでは同書の一部を抜粋し、長女と長女の交際相手が次男を殺害してしまった事件のあらましを紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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田舎の大きな一軒家に、交際相手を連れて帰省した長女
村山家は、事件が起きるまでごく平凡な家庭だった。田舎の大きな一軒家で敏子さん(仮名・60代)の夫の両親と二世帯で暮らしていた。子どもは長男と、長女の真奈美(仮名・20歳)、そして次男の翼(仮名・16歳)で、兄弟仲のよい家族だった。兄は学校では人気者だった。気が弱くていじめられっ子の翼を、気の強い真奈美がいつも守ってあげていた。
思春期に差し掛かると、真奈美は学校生活がうまくいかず、不登校になった。真奈美は勉強もスポーツもよくできる兄に劣等感を抱くようになった。常に比較されているように感じ、親との仲も悪くなり、高校を中退し都市部に出てアルバイト生活をするようになった。
ある日、真奈美は彼氏を連れて帰省してきた。その男性が今回の事件の主犯格である工藤健一(仮名・30歳)であり、真奈美より十歳年上だった。健一の父親は会社を経営しており、健一は会社役員という肩書きだった。真奈美が勤務していた飲食店の常連客で、著名人にも知り合いが多いとよく話していた。真奈美は、自分の知らない世界にいる健一に魅力を感じ、結婚を前提とした交際を始めたということだった。敏子は、健一が仕事をしている様子がないことがひっかかったが、真奈美から信頼している相手だと言われ、ふたりの交際に異を唱えることができなかった。真奈美の父親は、健一を歓迎した。父親は、真奈美が都会で夜の仕事をしていることが嫌だった。仕事を辞めて家庭に入るという健一の提案に、胸をなで下ろしていた。翼も「二人目の兄ができた」と健一に懐いており、喜んでいた。健一はすぐに、村山家に入り浸るようになった。
引き裂かれた家族
「いいな、こんな広い屋敷を自由にできたら」
健一は、真奈美にいつもそう言っていた。健一の目的は、村山家の支配だった。「社長の息子」は噓であり、定職に就いた経験はなく、正体は女性に寄生して生きていた男だったのだ。
村山家を取り仕切っているのは敏子だった。夫の両親の世話をし、三人の子どもを育ててきた。家計もすべて敏子が管理しており、敏子がいなければ、村山家は回らないのだ。父親も子どもたちも健一を信じたが、敏子だけは思い通りにできなかった。
「やっぱり、お母さんは男の子が三人欲しかったんだって。真奈美のことだけは、どうしてもかわいいと思えないって悩んでたよ」
健一は、そう真奈美に噓を吹き込んだ。真奈美は酷く傷ついた。母親とうまくいかなくなったのは、そういう理由だったのだと思い込んだ。
「あたし、やっぱり望まれない子だったんだね……」
涙ぐむ真奈美を健一は抱きしめた。
「お前は俺が一生、大切にするから。あんな奴、母親と思うな」