もちろん構わない。昼のオフィス街でワンメーターはそれはどめずらしいことではない。
「以前、ワンメーターで降りたら、運転手さんに『こんな近くでタクシー使うんじゃねえ』って文句を言われて、とても怖かったんです。黒タクなら怒られないと思って」
都内で昼のワンメーターで文句を言うタクシードライバーなどそうそういるものではない。運が悪くヘンなドライバーに当たってしまったのだろう。
そこで女性客に、
「おかしな運転手に出合われてお気の毒でした。もしワンメーターのところで気になるようなら、停まっているタクシーより、走っている流しのタクシーに乗ったほうが嫌な思いをする確率は減りますよ。駅前につけ待ちしていて、最終電車すぎのお客さまがワンメーターだったら、私も落ち込みますけどね」
という笑い話をした。
事務所に戻ると「女性客から御礼の電話がありましたよ」
そのお客を降ろしたあと、ピーク時をすぎたファミレスにクルマを停める。昼食は奮発してうな重を注文した。久しぶりのうなぎだった。
配膳された器の蓋を取ったら、うなぎの身が逆さまで皮が上向きでのっていた。おそらく外国人のアルバイト(*6)が日本の食習慣を知らずに盛りつけたのだろう。
*6 上野で乗ってきた2人組のお客が、「今フィリピンバーで締めにヤキソバ注文したら、UFOカップ焼そばがそのまま出てきたんだよ」と笑い話を聞かせてくれた。こうした文化や感覚の違いは楽しんでしまったほうがいい。
そのまま食べてもよかったが、あとあとこの“常識”がほかの客にも適応されるとまずいだろうと思って、店長を呼んでこの事実を伝えた。
店長は平謝りだった。
自分でひっくり返して食べたが、その味は煮魚のようでうなぎとは程遠かった。まあ、ファミレスでうなぎを注文するほうが間違っていたのだろう。
30分弱の食事休憩を終え、午後の勤務に戻る。
会計時に、もしかするとさっきの店長が出てきて「食事代は結構です」というような展開にならないかな、とささやかな期待を抱いた。
レジは店長が担当したが、食事代はしっかり受け取られた。
朝7時からの動務が深夜1時で終了となる。この日は15回乗車があり、営収は4万円ちょっとだった。もうひと踏ん張りできたかとも思うが、まあこんなところだろう。
入金(*7)を済ませたところで、事務職員の山田さんが声をかけてくれた。
*7 以前は現金を事務職員に手渡しし、彼らが指をなめなめ数えていたそうだが、私が入ったころには自動入金機になっていた。現金を投入し、出てきたレシート(明細書)を事務職員に提出して完了となる。
「大手町で乗せた女性客から御礼の電話がありましたよ。内田さんに『やさしい接客でとても気分がよかったです』と伝えてください、ということでした。わざわざ電話までしてくれる人はめったにいません。いいことしましたね」
女性客は渡したレシートの電話番号にわざわざ連絡してくれたようだ。女性客のその気持ちが嬉しく、その言葉は私にとって思わぬご褒美だった。
自分の気持ちがきちんと相手に伝わりさえすれば、見返りなど不要なのである。
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