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ゾンビに仕立て上げられた哀れなアリの姿

 時折痙攣しては林床に落下し、またふらふらと歩きまわるが、やがて背の低い草に登り、最終的に地面から25センチほどの高さにある葉の裏へとたどりつく。

 そして太陽が最も高い位置にくる正午ごろ、アリは葉裏の主葉脈に大アゴで嚙みつき、そのままの体勢で夜までに息絶える。

タイワンアリタケに寄生されたアリの姿(イラスト:猫将軍)

 この異様な死に様は「デス・グリップ」と呼ばれ、これによってアリの体は死してなお葉裏にしっかりと固定される。その後、アリの骸からは大量の菌糸が出てきて、葉により強く張りつく。やがてアリの頭部や頸部から体の倍ほどの大きさのキノコが生えてきて、あたりに胞子を振りまくのだ。次の犠牲者を求めて。

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 ふらふらとした方向感のない歩行、繰り返される痙攣、そして死ぬ直前の嚙みつき――正常なアリとは大きく異なるその行動は、映画やゲームに登場する「ゾンビ」のそれにほかならず、これこそタイワンアリタケが「ゾンビアリ菌」と呼ばれるゆえんである。

 アリの異常な行動は、菌によって引き起こされたものだ。菌は自らが成長と繁殖を効率的に行うために、哀れなアリをゾンビに仕立てたのである。

 菌が宿主のアリを林冠の巣から離すのは、巣の中で殺してしまっては、病原体のまん延を警戒した仲間に死体をすぐに遠ざけられてしまい、キノコの発生と胞子の散布に十分な時間がとれないからだ。

 また、死に場所として地表から25センチほどの高さにある葉の裏側を選ばせるのは、そこが林冠よりも涼しくて湿気った環境であり、菌がキノコを発生させて胞子をばらまくのにうってつけだからである。

 菌がアリにトドメを刺す場所は極めて限定的で、そこには以前に操られて死んだアリの死体が数多く残されており、さながら「アリの墓場」といった様相であるという。