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「アリをゾンビに変えてしまう」寄生生物のあまりにもキモすぎる生態

眠れなくなるほどキモい生き物 #2

2021/10/15

genre : ライフ, 読書

note

捕まったアリは「死ぬまで」解放してもらえない

 アリタケは宿主の体内を菌糸で満たしていくが、アリが死ぬときまで脳そのものには手をつけない。宿主を自らの足で墓場へと歩かせるためには、ギリギリのタイミングまでその神経系が必要だからだ。

 つまり、アリは全身を菌糸に冒されながらも、その脳は最期まで機能しているのだ。菌がデス・グリップまで見届けると、ようやくアリは殺してもらえる。

 このときアリの大アゴの筋肉のまわりには菌糸が広がり、筋繊維が不自然に強く収縮しているという。そのため、大アゴはアリの死後も開くことはない。なんという念の入れようだろうか。

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 デス・グリップが正午ごろに起こるのは、菌がアリの死体から外界に出てくるタイミングを日が落ちたころにするためだろうといわれている。

 菌にしてみれば、日の光がなく、より涼しく、より湿度の高い夜の方が外界に出るには都合がいい。外に出た菌糸はアリの体を補強し、キノコを生やす土台としてより安定させる。

なぜ菌は宿主の行動を操るに至ったのか?

 アリの脳への指令は、おそらく複数の化学物質を介して行われているのだろう。科学者によっていくつかの化学物質の候補が推測されているが、タイワンアリタケがどのようにして宿主を死すべき墓場へ導いているのか、どのようにして葉の嚙みつくべき部位を選ばせているのか、どのようにして死の時刻を把握しているのか、その実際の仕組みはさっぱりわかっていない。

 菌には脳がない。思考能力も、意思も、意識もない。そのはずである。そんなものが、ほかの生物の脳に働きかけ、これほどまで具体的に行動を操るなどという話はにわかには信じがたい。

 しかし、いま地球上に存在しているすべての生物は、一つの共通祖先となる生物から同じだけの時間をかけて進化してきているのだ。

 そう考えれば、タイワンアリタケがその遺伝子の中に、宿主を操るためのプログラムを持っていても不思議ではないのかもしれない

眠れなくなるほどキモい生き物

大谷 智通 ,猫将軍

集英社インターナショナル

2021年8月26日 発売

「アリをゾンビに変えてしまう」寄生生物のあまりにもキモすぎる生態

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