昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

ある中国人男性の遺体が、都内の警察署に何日も保管されていた理由とは

2021/10/17

 その遺体は、まだ警察の保冷室に眠っていた。亡くなってから10日以上が経つが、誰も引き取りにこない。だが遺族がいないわけではなかった。警察に預けられたまま、ほったらかしにされていたのだ。

 警察の保冷室で眠っていたのは40代後半の中国人男性。事件事故に巻き込まれて死亡したわけでも、身元不明でもない。ではなぜ彼が、遺体となって警察の保冷室に何日も保管されることになったのだろうか。

※写真はイメージです ©iStock.com

日本人だけが他の国と異なる「遺体に関する感覚」

 遺体に対する感覚や意識は国によって異なる。外国人の葬儀を扱っている業者は「国によって違うのではなく、日本人の感覚が他の国と異なっている」という。外国人にとって、遺体は魂が存在しない抜け殻のような物であり、英語では遺体を“human remains”、直訳すると人の残りと呼ぶ。中国語では「骸(がい)」、残った骨という意味の文字が使われる。「亡くなった人を仏様と、“様”をつけるのは日本人ぐらいだ」とある葬儀業者はいう。この違いは、遺体の引き取りの場においてより鮮明になることがある。ましてそこに、様々な事情や環境が加われば尚更だ。

 いまから10年ほど前、某県の港近くの病院にコンテナ船の中国人船員が運び込まれてきた。船内で体調を崩して倒れ、寄港した港で救急車が呼ばれたのだ。男性は即座に入院手続きが取られ検査が行われた。結果は末期のガン。

 手術が行われたが、すでに身体中に転移し手の施しようがない状態だったが、彼は取り乱すこともなく冷静だった。自分がガンに冒されているのを知っていたのだ。ガンと知りながら治療も受けず、中国にいる貧しい家族の生活のため船員として働き続けた。だが、異国の地でとうとう力尽きた。

 すぐにでも家族が飛んできたに違いない、と思いたいところだが、上海に住む彼の家族は違っていた。渡航費用は船会社と保険会社が持つことになると聞いた途端、親族の誰もが「自分も行かせろ」と大騒ぎになり、船会社ともめ始めたのだ。急速に経済成長しているとはいえ、学歴もなく技能技術を持たないため、社会的なチャンスに恵まれない中国人にとって日本はまだまだ稼げる国として映っていた頃だ。

 警察関係者は「貧乏な生活をしている家族親族にとって、タダで日本に行けるチャンスなど一生に一度あるかないかだ」という。ビザ免除国以外の外国人が日本国内で亡くなった場合、遺体の引き取りに際し、日本はその家族親族に緊急ビザを出すことになる。このビザは故人に本当に近い者にしか出ないのだが、アジア圏ではまだ、このようなケースが珍しくないという。

 夫が日本で殺害されたネパール人の妻と母親が、遺体の引き取りに来日したケースでも、家族が悲しみに包まれた表情を見せたのは、夫の遺体と対面した時だけだ。火葬が終わるまでの数日間、宿泊先のホテルでは毎夜、フライドチキンやコンビニから買ってきた食べ物と缶ビールで酒盛りが繰り広げられていたという。警護についていた警察官はその様子に「自分の夫、自分の息子が殺されたというのに、缶ビールで酒盛りはない。やりきれないですよ」と溜息をついた。