昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「和田さんゴメン、読ませてお願い!」と手を合わせて…平野レミ、横尾忠則、みうらじゅんが読む「和田誠の日記」

17歳から19歳「青春時代の日記帳」を発見

 和田誠さんが2年前に旅立ったあと、事務所から発見された6冊のノート。それは和田誠さんが青春時代に記した1953年から1956年の日記帳でした――。

 平野レミさん、横尾忠則さん、みうらじゅんさんの3人が、和田誠さんの日記を読みながら、その思い出を語ります。

◆◆◆

平野レミさん「高校生の和田さんと、今になって出会えるなんて」

「和田さんの日記が見つかりました」と事務所から電話があったのは去年の秋のことです。

 息子には「日記なんか読んじゃダメだよ!」なんて止められたけど、どうしても気になっちゃって。「和田さんゴメン! 読ませてお願い!」と手を合わせて、ドキドキしながら読んでみました。

 17歳から19歳の日記ですから、血気盛んな青春まっさかり。きっといやらしいことも書いてるだろうと思っていたら、読まれてまずいことなんて一個もない! 書かれていたのは、映画と音楽、イラストレーションに明け暮れるキラキラした和田さんの青春でした。

平野レミさん ©文藝春秋

 嬉しかったのは17歳の和田さんが、私の知っている和田さんと何も変わっていなかったことです。アル・ジョルスンのレコードを集めて、ジェイムス・ステュアートにファンレターを出して、袋文字もこの時から描いている。

 皆さんもよく知る和田さんは、この頃すでに出来上がっていたんですね。私が出会う前の和田さんと、今こうして知り合うことができたのはとっても得した気分。

1954年1月27日 高校3年生のクラス分けが発表となって、仲の良い友達と離れてしまった和田さんは大騒ぎ。友達と同じクラスに移動したいと先生に直訴するも「友だちがいるからなんていうのはダメダ」と断られ途方に暮れる。 ©文藝春秋
1954年3月18日 俳優兼歌手のアル・ジョルスンをこよなく愛した和田さんは、この頃からジョルスンのレコード収集に目覚めてゆく。LPが手に入らない日は「ムカムカする。なにも手がつかない」と素直な気持ちを綴った。 ©文藝春秋

 さらに驚いたのは、試験期間中に3日連続で映画を見ていること。息子も明日から期末試験という時、1日中御茶ノ水でギターを見ていたんです。夜になってやっと帰ってきたと思ったら制服のまま古いギターを抱えて寝ちゃってる! 

高校生の和田さんもまったく同じ

 これはまずいと思って和田さんに言ったら「これでいいんだ」って。おっかしいわよね、その時は「な~に言ってるのよ」と思っていたけど、高校生の和田さんもまったく同じなんだもん。好きなことをどんどん突き詰めて、どんどん勉強が出来なくなって……(笑)。

 でも、好きなことがあってそれを仕事にできたらこんなに幸せなことはない、と和田さんは常々言っていました。現代のお父さんやお母さんに、こういう教育方針もあるんですよって言いたくなっちゃった。

東京オペラシティアートギャラリー「和田誠展」にて。12月19日(日)まで開催 ©文藝春秋
東京オペラシティーアートギャラリーで開催中の「和田誠展」より ©文藝春秋

 それから60年。和田さんは絵と文章、映画に舞台と膨大な作品を残しました。開催中の「和田誠展」に行ったら、本当はこの50倍作品があるって聞いて驚いちゃった。よく身体も壊さず……きっと私の料理が良かったのね~(笑)。

 この日記や私のことを書いた曲まで、亡くなってから見つかったものも沢山。いなくなっても私が寂しくないように、こうやってプレゼントを残してくれたのかなって思います。