昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/11/12

「ウチらの世代が日本を盛り上げていくんだという思いが強くなった」

 こうして対談が実現することになったのだが、ひとつだけ誤算があった。それは担当者が私が在阪だと思っていたことである。初めは都内で行う予定だった収録は、天心が大阪に来る予定が入ったため、大阪に変更となり、担当者は「大阪で良かったですね」とホッとしていたが、私が横浜在住と知ると驚いていた。収録日、何の因果か私は天心が普段練習している松戸のTEPPEN GYMでお父さんの那須川弘幸会長との打ち合わせに同席しており、誰よりも待ち望んでいた対談には同席していないのだ。

 その代わり、収録後すぐにノーカット版の映像を送ってくれた。オンエアでは使われなかったが、対談前に2人は舞洲のグランドでキャッチボールを行っている。野球を通って来なかった天心を由伸がレクチャーし、距離を縮めてから対談の収録をしたので、初対面とは思えない雰囲気の中、ホスト役の天心が由伸をリードする形で対談が進んでいった。由伸は「来年は先発をやりたい」と天心に話しているのは今思うと興味深い。収録後、由伸に話を聞くと、「正直、もう一度撮り直したいですけど、ジャンルは違うけど、下に見られたくないという気持ちがあって、今回の対談で世界を相手にしている天心クンから感じるものは凄くあったし、僕も負けられないなと思いました。会って良かったです」と対談の収穫を口にした。

©どら増田

 天心も「ウチらの世代が日本を盛り上げていくんだという思いが強くなった」と話していたが、その直後にボクシング元世界5階級制覇王者のフロイド・メイウェザーJr.と試合を行ってからは、さらに上のステージにのぼり詰め、由伸も翌年から先発としてチームの顔になり、今年はキックボクサーの天心には出来ないオリンピックの舞台でエースとして日の丸を背負った。今、この2人が対談したら地上波が飛びついて来そうだが、あれから間もなく番組が終了したことを考えると、やはりあのタイミングを逸したら2人は今でも会ってないだろう。

 由伸と天心の共通点は、お互いに負けず嫌いなところ。2人は連絡先を交換してないため、対談後の交流はないという。ただあの日、たった一枚だけ書いた寄せ書きのサイン色紙は私の手を経由して、現在は由伸の実家にある。その色紙の価値はこの3年間で爆上がりした。「下に見られたくない」と言っていた山本由伸はもういない。

寄せ書きサイン色紙を持つ山本由伸 ©文藝春秋

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2021」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/49615 でHITボタンを押してください。

この記事の写真(3枚)

HIT!

この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春野球をフォロー