ファンクラブ会員の打った初めてのホームラン
同じ時、札幌の自宅には家族が全員集まっていた。両親、弟、妹、弟、弟、弟、今川選手は6人兄弟の長男。お父さんの出身地は馬産地として知られる北海道・静内町(現・新ひだか町)。馬が大好きなお父さんは男の子の名前にはみんな「馬」の文字を付けた。自分を含めた8人を今川選手は「世界一仲のいい家族」と話す。何か落ち込んだり迷いがある時には決まって家族に電話をすることにしているという。早く両親を楽にしたいという思いでプロを目指してきた。大学時代には家計を助けるために焼肉店のアルバイトを卒業するまで続けた。指名の瞬間、家族もみんな泣いていた。
そして始まった夢のファイターズでの毎日。春先、一軍でチャンスを貰っても結果が出ずに抹消、コロナにも感染し体重が7キロも落ちたこともあった。憧れの世界は、想像以上に厳しい世界だった。
そしてあの日はやって来た。9月12日、近藤選手が脳震盪特例措置で抹消されたところに登録されたのが今川選手だった。
札幌ドーム・ホークス戦、即6番レフトでスタメン起用された。1回の守備、レフトにボールが飛んでそれをしっかりさばいた笑顔に気持ちが落ち着いたように見えた。その後回って来た第1打席、カウント1-1からホークスのベテラン・和田投手の投げた低めの球を見事にとらえ打球はレフトに大きく大きく飛んで行った。目で追い、確信と同時に握りしめる右手、初ヒットは初ホームランとなった。急遽駆け付けた家族の目の前でのホームラン、お父さんはずっとスマホで撮影し、お母さんはずっと泣いていた。ファンクラブ会員の打った初めてのホームラン。今までとは違う感情だった。最高の気分だった。
結局、今川選手の今季のホームランはその1本で、打率は.071に終わった。即戦力として期待される社会人出身にとっては寂しい数字だと思う。そこにやって来たビッグボス。選手の名前はまだよく知らない、という新庄監督の言葉は全員が同じスタート地点だということ。生半可なレベルじゃ届かないことはわかっている。まだまだ未熟なこともわかっている。でも思わず出ちゃったこの言葉、「なるしかねえよ! 後継者に!」。私は言霊を信じる。今川優馬がスターになる日がやって来る。それを想像しただけで、私には全北海道のすすり泣きが聞こえてくる。
◆ ◆ ◆
※「文春野球コラム 日本シリーズ2021」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/49635 でHITボタンを押してください。
この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。