出版社にはたいへん失礼なのだが、ゲイツ、ザッカーバーグ推薦の帯を見て「何だかなぁ」と敬遠した人には是非手にとってもらいたい一冊だ。「五胡十六国を覚えなさい」と言われたあたりから世界史とは関わりのない人生を歩もうと心に決めた人にも、強く勧めたい。
この本の最大の魅力は、スコープが「歴史」に留まっていないこと、そしてそのおかげで「歴史」の理解がより深まるところにある。七万年前からわれわれが生物学と歴史の両方の線路を走る存在になったこと。そして、生物としての順応力を超えたスピードで飛躍してしまったために、不安を抱えたとても危険な種になっていること。超ホモ・サピエンス(シンギュラリティ)は科学技術だけでは語れず、否応なしに哲学、社会学を巻き込んでいく。小賢しく言ってしまえば、リベラルアーツを学ぶことの重要さへの示唆が、この本には詰まっている。
「サバンナの負け犬だったわれわれサピエンスが今の繁栄を築いたのは妄想力のおかげ」という主題には説得力があって、この魔法の杖一本でネアンデルタール人駆逐から資本主義隆盛までの大イベントを語りつくす。「農業は史上最大の詐欺」という奇を衒(てら)ったような主張も、種の繁栄か個の幸福かという重たいテーマを考える糸口となっている。
ヘブライ大学での歴史の講義が下敷きになっているそうだ。本文中に「歴史を研究するのは、未来を知るためではなく、(中略)私たちの前には、想像しているよりもずっと多くの可能性があることを理解するため」というくだりがあるが、この本を一味違った出来栄えにしているのは、社会に出ていく若者たちに歴史への興味を持って欲しい、という一途な熱意かもしれない。理解を助けるエピソードにも工夫があって、こなれた日本語訳と相俟って、読みやすい。たとえばオランダ東インド会社設立のあたりの名調子は、池上彰さんの時事問題解説を聴いているようだ。
イスラエルでは歴史本は売れないとかで出版社に断られ続け、五社目で漸(ようや)く出版に漕ぎつけたところ大ベストセラーとなり、今や四十八ケ国語に翻訳、そんな成功譚が似合う本でもある。
人類の誕生に始まり、コンピューターの進化、そして超ホモ・サピエンス……映画ファンならお気付きだろうが、キューブリック=クラークの「2001年宇宙の旅」とよく似た筋立てだ。七万年前にご先祖様が妄想力を獲得したのはモノリスの力かもしれない、と思わず妄想した。
Yuval Noah Harari/1976年イスラエル生まれ。オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻。現在、エルサレムのヘブライ大学歴史学教授。社会や国家、宗教、貨幣を発明した「ホモ・サピエンス」の歴史を壮大に描いた本書は世界各国でベストセラーに。
にしざわじゅんいち/みずほ情報総研株式会社代表取締役社長。1956年生まれ。80年現みずほ銀行入行。2013年より現職。