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「5球しか投げていないのに、翌朝は腕も肩も背中も強張って起き上がれなかった 」 “平成の怪物”松坂大輔が語った、引退試合を行うことが“嫌だった”理由

松坂大輔インタビュー#1

2021/11/02
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マウンドにどうしても「ありがとう」を言いたかった

――5球とも直球でした。初めから真っ向勝負をしようと考えていたんですか。

松坂 ブルペンで練習していた時は、変化球の方がストライクが入っていた。マウンドに行く前に捕手の(森)友哉から「どうしますか」と聞かれたので、全部ストレートで行くと。ただ、対戦相手(日本ハム)の一番バッター近藤健介外野手には「1球目と2球目のボールは野球殿堂に飾られることが決まっているので見逃してほしい」とチームマネージャーからお願いしてあったみたいです。

 僕から横浜高校の後輩の近藤にリクエストしたのは「ストライクが来たら打ってもいいよ。ただ、ホームランだけは勘弁してくれ」と(笑)。やっぱり最後の試合で失点はしたくなかったですし、後続を抑えてくれた十亀(剣)投手には本当に感謝。

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 でもストライクになった2球目の118kmはバッターにとったら美味しい球。打たないようにとお願いしていなかったらホームランにされていたかも(笑)。

撮影:杉山秀樹

――試合終了後に球場を一周し、最後にマウンドに手をかざしていたのが印象的でした。

松坂 マウンドにどうしても「ありがとう」を言いたかった。初めは誰もいなくなってからと考えていたのですが、試合終了後は観客にグラウンドを開放すると球団から聞いたので、その前に行かなくてはと。

 でも、あとで考えたら恥ずかしかったですね。観客や選手全員に注目される中、一人でマウンドに行きましたから。でもあの時はそこまで考えが及ばず、とにかくマウンドにサヨナラと感謝をいうタイミングを見計らっていたので、自然な流れで行ったつもりだったんですけどね。

撮影:杉山秀樹

西武鉄道の西武球場前のホームが「18番」ホームに

――西武鉄道の西武球場前駅のホームも18番ホームになっているし、電光掲示板には松坂さんへの感謝のメッセージが流れていました。

松坂 僕も後で映像を見て何とも言えない嬉しさがこみ上げてきて、一人で感動していました。ユニフォームも最後は「18番」をつけさせていただいたし、心に残る引退試合を準備してくれた球団には本当に感謝です。

 当初は、今の姿をさらけ出したくないから引退試合を行うことが嫌だったんです。でも今は、情けない姿かもしれないけど、ボロボロになるまで遣り切った姿を多くの人に見てもらったし、きちんと自分にもけじめをつけられたので、やって良かったと思います。

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