昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/11/13

――それでも、多くの人目に触れるメディアに出る決意をしたのはなぜでしょう。

紅蘭 せっかくダンスで自分に自信がついたところだったので本当に悩みました。事務所は「3ヶ月限定でもいい」と言うけど、私にとっては一回出たらもう終わりです。一度「草刈正雄の娘」だとバレてしまったら、3ヶ月も1年も変わらないですから。

 結局最後は事務所の社長とかいろんな人が出てきて……あれは大人の世界でしたね。完全に負けましたね(笑)。ただ当時はちょうど仕事もお休みしててフラフラしていた時期だったこともあり、いろんなタイミングも重なって「やってみるか」となりました。

――「草刈正雄の娘・紅蘭」としてデビューした芸能界で衝撃を受けたことはありますか。

紅蘭 最初にテレビに出る時、普段の私が絶対に着ないようなしおらしい感じのワンピースと薄化粧をされて、全然キャラじゃない“お嬢様”に仕立て上げられたことですね。

 

――「草刈正雄の娘なら清純派」みたいなことですかね。

紅蘭 そうですね。でも事務所の人はクラブで踊り狂ってる私を散々見てきているわけで、なのに「これで行け」はないだろうって……。

 こんなの吐きそうと思って、父に「収録なんてバックレる!」とキレまくったら、「よし、もういつものお前のままで行ってこい」と後押ししてもらえて。やっぱりパパは最高!と思いましたが、それでテレビに出たら、めちゃくちゃバッシングされました。

バッシングされても、「おもしろい」と思えた

――バッシングされるんですね……。一体何でですか?

紅蘭 当時は今より化粧もケバかったし、「ポールダンサーでーす」って感じでテレビに出たので、世間は「これがあの草刈正雄の娘?」みたいな反応で。私のことも、父との親子関係も何も知らない人たちが、「草刈正雄の娘らしくしろ」「草刈正雄の娘はこうあるべき」と指摘してきたんです。

――草刈正雄のイメージを壊さない娘でいろ、ということですかね。

紅蘭 正統派俳優の娘なら清純な娘でいろ、みたいなことでしょうね。おもしろいな、と思いました。

 

 周りがそんなに言うなら逆にこのままで居続けてやろうじゃないですけど、「だって私は私だから」が余計に強くなって、絶対に曲げませんでした(笑)。草刈正雄の娘であることは間違いないですけど、その前に「紅蘭」ですから!

――しかし2013年のデビュー以降、そのオリジナルなキャラクターが人気になっていきます。

紅蘭 当時二世で私みたいなオープンなタイプがいなかったし、父との“キャラの差”を面白がって、より派手に、よりぶっ飛んで、よりおバカに、みたいな言動を求められました。

z