技術的にはっきりとした手ごたえをつかんだのは、2020年初夏、Numberの西武ライオンズ特集号でのことだ。
この時は、当時、西武のルーキーだった清原さんと、彼が新人最多本塁打を放った一日に焦点を当てた。記事には複数の視点人物が出てくるが、技術的にあやふやなところなく、迷いなく書くことができた。周囲の反応も良かった。
そんな時に、「週刊文春」編集部から連載の依頼をいただいた。結果的に私にとって、とても良いタイミングだった。『嫌われた監督』は12人の視点人物によって構成されていて、手法としては西武特集で掴んだものを援用して書いている。だから、もう少し早い段階での依頼であれば、今の形にはなっていなかったはずなのだ。
刊行後、よく尋ねられることだが、「私」視点を出すかどうかは悩んだ。自分のことなど、誰が読みたいのだろうか、面白くないのではないか、という思いがどうにも拭えなかったからだ。
しばらく悩んだのち、最終的には「私」視点を横串に、落合さんと時間を過ごす中で起きた、「ザッカン記者」の心の裡の変化を描いた。そうすることで、1冊の本として起伏のある、まとまりのある物語になると、言ってくれた編集者がいたのだ。
念頭にあったのは、探偵小説やハードボイルド小説
『嫌われた監督』を読んで、金子達仁さんの『28年目のハーフタイム』や沢木耕太郎さんをはじめとするスポーツ・ノンフィクションの名作を引き合いに出してもらえるのはありがたいが、執筆にあたって念頭にあったのは、探偵小説やハードボイルド小説だ。
例えば、子供のころ好きでよく読んでいた『シャーロック・ホームズ』。常人には理解の及ばない頭脳の冴えで、鮮やかに事件を解決する主人公・ホームズを、相棒のワトソン視点で描いていく。落合さんと12人の関係者、そして私との関係そのものだ。
あとは、これも好んで読んだレイモンド・チャンドラーの小説のエッセンスも入っている。探偵小説の構造とハードボイルド的な「男の哲学」。この本はまさに、そういう自分が好きなものが掛け合わさった形で書かれている。
そんな風にして書いたこの本が、これだけの支持を集めていることには、本当に驚いている。一方で、多くの支持を集めるようになると、それは逆に落合さんらしくない、という気もするけれど……。
こうして振り返ってみると、新聞社を辞める時、フリーになった時の、組織を離れることに対する私のためらいのなさは、生来の楽天さだけでなく、落合さんを間近に見ていたことも大きいように思う。
横一列だった記者クラブの輪から一歩踏み出したことで、ひとりの記者として落合さんに認めてもらえるようになった。また、記者クラブに降りてきた情報ではなく、取材対象が自分にしか話さないことを書けば、オンリー・ワンの情報になった。すると、他の人が認めてくれた。
組織や集団を抜け、ひとりになることでしか得られないものがある。ひとりの先に何かが待っている。少なくとも、そう信じられる。だから、ひとりになることを必要以上に怖れなかったのだと思う。
(取材、構成:第二文藝編集部)
すずき・ただひら
1977年千葉県生まれ。愛知県立熱田高校、名古屋外国語大学を卒業後、日刊スポーツ新聞社、Number編集部を経てフリーに。著書に『清原和博への告白 甲子園13本塁打の真実』。取材・構成を担当した本に『清原和博 告白』『薬物依存症』がある。