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「1点取られるのを嫌がっただろ?」「あそこに投げておけば全部アウトになる」竜のエースが見た監督・落合博満の“何がそんなにスゴいのか”

落合竜のエースを背負った男・吉見一起インタビュー #1

2021/10/30

 中日ドラゴンズの黄金時代を築いた落合博満監督が退任してから、今年でちょうど10年。『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(鈴木忠平・著)をはじめとして、“落合ドラゴンズ”を総括する書籍も複数出版されています。

 そこで、2005年に入団し、落合監督時代(2004年~2011年)の後半をエースとして支え、自らも著書『中日ドラゴンズ復活論 竜のエースを背負った男からの提言』を刊行した吉見一起さんに、間近から見た落合監督が率いる組織、落合監督というリーダーについて語っていただきました。

吉見一起氏 ©文藝春秋

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最初は「監督といっても“ただいるだけ”って感じでしたね」

2007年、キャンプでの落合博満監督(当時) ©文藝春秋

――吉見さんは落合監督とのファーストコンタクトは覚えていますか?

吉見 入団会見や一軍に上ったときの簡単な挨拶はありましたが、それ以外では06年に先発して初勝利を挙げたときですね。9月18日だったのですが、その日が落合さんの奥様、落合信子さんの誕生日だったんですよ。僕の記憶が正しければ、横浜スタジアムに信子さんも来られていて、試合後に信子さんを交えて落合監督と二言、三言、会話をしました。これが初めての会話でしたね。

2010年、千葉ロッテマリーンズとの日本シリーズ第1戦に向かう吉見氏 ©文藝春秋

――08年に10勝を記録し、09年には開幕投手に指名されたとお聞きしました。

吉見 そうです。森繁和投手コーチに「(開幕)してみたいか?」みたいな感じで聞かれました。エースの川上憲伸さんが抜けたばかりで、そのときは「やってみたいです」と答えたのですが、オープン戦で風邪をひいてしまったんです。「熱で2日も休んだヤツに開幕を任せられるか」と森さんに言われてその話はなくなりました。ただ、僕は開幕投手に興味なかったので、「ああ、わかりました」という感じでしたね。

――09年に16勝で最多勝となり、10年には開幕投手を務めます。2年連続で開幕投手に指名されたわけですが、落合監督からの期待を感じていましたか?