それが小説であるかノンフィクションであるかにかかわらず、本に描かれた人間の「物語」に、思わず強く励まされることがある。例えば、何か時間のかかる仕事をしようとしているとき、成し遂げたいことが困難に直面しているとき、そうした「物語」に心をそっと支えてもらう――本というものの持つ力にあらためて信頼を寄せる瞬間だろう。
最近では佐々木健一著『Mr.トルネード』(文藝春秋)が、そのような力を持つノンフィクション作品だと思った。本書は気象学の研究者・藤田哲也の評伝。藤田は竜巻の強さを表す国際的な尺度「Fスケール」の考案者として知られると同時に、「世界中の空を救った」と評されるもう一つの偉業を持つ人物である。
自らの信じた仮説を追い求めるひたむきな姿勢
1970年代、航空業界は謎の墜落事故に悩まされていた。長く不明だった離着陸時に発生する事故を、藤田は「現場」を重視する研究姿勢によって解明。地上近くで急激に発生しては消える下降気流「ダウンバースト」を発見し、空の安全を大きく向上させた。その功績はノーベル賞に気象学部門があれば、必ずや彼が受賞していたと言われるものだという。
本書で描かれる藤田の生涯で強く印象に残ったのは、自らの信じた仮説を追い求めていくその直向(ひたむき)な姿勢だった。30代で米国に渡った彼は異端の研究スタイルを貫き、「ダウンバースト」の発見も学会で大論争を巻き起こす。多くの批判にさらされながらも自説を貫く姿からは、自らと「現場」を信じ抜いた研究者の矜持が伝わってきた。