「政治とカネ」にまつわる様々なスキャンダルが相次いでいたにもかかわらず先の総選挙で自民党は単独過半数を獲得した。国民の政治的なエネルギーが高まらない理由から現状肯定的な若者たちの心理まで、“権力者が熱狂する”時代の深層に迫る。(全2回の2回目/前編を読む

内田樹氏(左)と武田砂鉄氏(右)

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安倍元首相の「立ち返る初心」はいずこに

武田 安倍元首相が象徴的ですが、公の人間が、すぐに私の部分を持ち出す。その部分を撒きながら賛同を得る。これほど、自分に向けられる熱狂を管理しやすい状態もないですね。

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内田 安倍晋三さんってたぶんもともとは穏やかなおとなしい人で、特段の自己主張がなかったんだと思います。政治家になる前の彼を知っている人はそう証言していますから。でも政治家になって、ある時点で「支持者に受けるペルソナ」を獲得した。こういうことを言って、こういうことをすれば、ある種の人たちが熱狂するということを学習した。だから、あの人の極右的な発言は「外づけ」だと思います。彼個人の年来の野心を実現するために権力を求めたのではなくて、権力を行使できる地位にたどりつくために「受けるペルソナ」を演じている。

武田 様々な疑惑があったのに、政権が総力を挙げてうやむやにした。でも、さすがに、国会での100回を超える虚偽答弁がバレて、昨年末には「初心に立ち返る」などと謝罪をしました。ところが、今年の自民党総裁選の段階では、相変わらず「キングメーカー」と呼ばれるようなポジションで居続けている。「立ち返る初心」ってどこにあったのか、呆然とします。

中身がない人にはリミッターがない

内田 政治の世界ではよくあるんですよ。赤狩りで知られる米共和党右派の上院議員ジョセフ・マッカーシーはまったく中身のない政治家でした。自分の上院議員選のときの公約に何かいいものはないか探していて、コンサルタントに「政府部内に共産主義者がいる」という陰謀論はどうかと提案されて、それに飛びついた。自分の考えじゃないんです。それを言うと有権者が熱狂するということがわかったので看板に採用した。そうやって自分自身でも信じていない陰謀論を大声で主張した結果、4年にわたって統治機構のみならず社会全体を麻痺させるほどの力を持つことができた。

内田樹氏

 そういうものなんです。個人的信念に基づいて行動する政治家はむしろ抑制的になる。感情や身体実感の裏付けがあることを語ろうとする限り、それがリミッターになって、ある限度を超えることができない。でも、中身がない人にはそういうリミッターがない。「外付け」したイデオロギーを大声でがなり立てることに抵抗がない。自分の中から生まれたわけではないのだから、どれほどそれが非論理的でも、不道徳的でも、気にならない。そういう人が強大な政治的な権力を持ってしまうことがある。歴史を振り返ると、そういう例はいくつもあります。