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「わかりやすい」が評価されすぎている……考えることから逃げてよいのだろうか

著者は語る 『わかりやすさの罪』(武田砂鉄 著)

『わかりやすさの罪』(武田砂鉄 著)朝日新聞出版

「この本を書いた動機として、『どっちですか?』という問いに『どっちでもねーよ!』と答えたくなる機会があまりに多いことがありました。とにかく『わかりやすい』ということが評価されすぎていると感じるのです」

 例えばベストセラーの『1分で話せ』というビジネス書。1分で話すという究極のわかりやすさの実現にはロジックが必要だといい、たくさん話したくなるのは話し手のエゴで捨てるべきものだと教える。思考を切り刻み、発言をシンプルにしていく。

 こうした現代にはびこる「わかりやすさ」を考察する連載をライターの武田砂鉄さんが本書にまとめた。

「改元のとき、『平成』で括ることが流行しましたが、それに乗ると、池上彰さんの解説は平成を象徴する姿勢だったと思います。池上さんへの評価は『わかりやすい』『勉強になった』というものがほとんどで、『ビビッドな見解がよい』とはあまり言われません。池上さんはわかりやすい解説をするための秘訣として『相手の立場にたった説明』という表現を使いますが、説明することは本来主観的な行為のはずです。それを、わかりやすくするために世の中の反応や語句説明の平均値に合わせていくと、姿勢が排除される。自分の意見や考えを持つことから遠ざかるのではないかと」

 連載をまとめる作業はコロナ禍のさなかで行われたが、そこでも「わかりやすさの罪」を感じたという。

「新型コロナの感染拡大は、誰に対しても未知のものだったし、恐怖でした。何十万人が死ぬ、という人もいれば大したことない、という人もいて、あなたはどっちですか? というスタンスを、個人が表明しなければならなくなった。本来なら様々な情報をブレンドして、自分の中で迷ってい続ければいいと思う。でもそれは不安定な状態で、だからこそ断言してくれる人がいるとホッとするし、安心する。それが高じて、断言しきることがリーダーシップのようになってしまったのでは」

武田砂鉄さん

 本書は「わかりやすさ」だけでなく、他人と意見が一致すること、共感することを優先する風潮の強まりにも批判的な検討を加えている。奇しくも、自民党総裁選に挑んだ石破茂元幹事長のテーマがまさに〈納得と共感〉だった。

「政治家って、今の世の中にどういう言葉が受けるかということを分析したうえでスローガンを練りますよね。〈納得と共感〉を重視する人が多いからこそ石破さんはこれをテーマにした。

 物事には、理解できることもあれば、それは違うと思うこともある。しかし、ある時から理解できないことに対して『なぜわからせてくれないんだ』という文句がつくようになった。わからないもの、脈絡のないものがそれを理由に批判されるようになったんです」

 このままわかりやすさを追求し続けるのか、立ち止まり自分で考えることを追求するのか。我々は岐路にいるのではないか。

「本や雑誌は情報を得るまでに時間がかかる。でも、だからこそ自分の感性を揺さぶられる。それが面倒だ、となるとどんどん表面的なことにしか反応できなくなっていく。“コスパ”って言葉が嫌いなんですが、『コスパが悪い』時って自分で考える面白みがある時だと思うんです。何も考えずに受け入れていると、その分、労力はかかりません。でも、与えられたものを考えながらじっと吟味する、ということから逃げ回っていいのでしょうか」

たけださてつ/1982年、東京都生まれ。出版社勤務を経てフリーライターに。2015年『紋切型社会』で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。『芸能人寛容論』『日本の気配』などの著書がある他、ラジオパーソナリティとしても活躍中。

わかりやすさの罪

武田 砂鉄

朝日新聞出版

2020年7月7日 発売

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