昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/11/21

genre : ニュース, 社会

 それから5分と経たないうちに、Xの声が店の中に響いた。

「それでは話が違う。バカ言うんじゃねえ」

 中国人はXとYを冷ややかに見つめ、こう威嚇したようだ。

「おまえらバカか。やくざが怒鳴って怖がるのは日本人だけだ。あんまりイキがるとマジで殺るぞ!」

 次の瞬間、リーダーらしき中国人の脇を固めていた2人が、すっと立ち上がり、隠し持っていた拳銃をXとYに向けた。放たれた銃弾は5発。咄嗟のことに逃げることも身をかわすこともできなかったXは、頭や胸を4発撃たれ、その場にくずおれた。Xの向かい側に座っていたYは太ももを撃たれている。銃声に驚き、逃げ惑う客にまぎれ、中国人らはあっという間に姿を消した。呆気に取られた従業員が、慌てて警察に通報したのはその直後である。

 2人の暴力団幹部は救急車で近くの病院に運ばれたが、Xは死亡。Yは重傷を負ったが一命を取り留めた。

犯人の目撃情報はあったが…

「当時の歌舞伎町は、暴力団組員よりも中国人らによるトラブルや犯罪が目立って多かった。その歌舞伎町の中心で発砲事件が起きた。被害者2人はすぐに暴力団幹部と判明。だが犯人が誰かがわからない。アジア系男性が犯人らしいという目撃情報はあったが……。それとも暴力団同士の抗争なのか。この事件はまず、そこが問題だった」(警察関係者A)

 事件現場を所轄する新宿警察署は、すぐにパリジェンヌが入居している風林会館周辺を封鎖。新宿区役所から大久保方向に向かう通りも一部封鎖された。角々には警察官が立ち、暴力団組事務所などを中心に歌舞伎町全体に捜査員を動員して監視活動を行った。

発砲事件のあった雑居ビル「風林会館」付近を警戒する警察官ら ©共同通信社

 制服姿の警察官が2人組で新宿駅の周りを中心に見回り、私服の警官は事件現場周辺の風俗店や怪しい店舗などを注視、その動きを監視した。

新宿では中国人マフィアが溢れていた

「新宿署の捜査とは別に、事件が入電された時から国際捜査課も情報収集を始めていた」と警察関係者Bは語る。

 警視庁は1988年、海外の捜査機関との連携や国際捜査における共助を目的として国際捜査課を設置。その後、連携や共助だけでなく、都内で増加する外国人犯罪に対処するため、直接捜査を行うようになっていた。現在の組織犯罪対策部の前身である。

「新宿では、怒羅権(ドラゴン)とよばれる中国残留孤児2世、3世中心のグループがマフィア化し、ここをシマとする暴力団らとぶつかっていたし、他に福建グループ、東北グループ、上海グループや香港系集団も存在して中国人マフィアが溢れていた。暴力団が闊歩する街とはいえ、他の客の目の前で拳銃を抜き、問答無用で射殺したとなると、暴力団同士の抗争というより、その荒っぽさから犯人は中国人もしくは外国人である可能性が高かった」(警察関係者B)