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「中国は人工知能の開発でも世界トップに立とうとしている」

 2018年、メルケルは、テクノロジーの中心地である深圳(シンセン)を訪問した。ドイツの自動車産業は独自のバッテリーを開発できずにいるのに、深圳はなんの変哲もない地方都市からハイテク産業の中心地へと変貌を遂げた。その様子を自分の目で確かめたかったからだ。

「中国は人工知能の開発でも世界トップに立とうとしている」――メルケルは閣僚たちに語っている。2017年に、中国は120億ユーロをAIの研究に充てたが、かたやドイツは5億ユーロにとどまっている。

「10年もすれば、中国語の特許書類を読める者が必要となるはずです。なぜなら、中国人は英語で特許書類を書く必要を感じなくなるでしょうから」と、メルケルは予測する。

「個人データを国家や企業に所有させてはならない」という信念

 ITやAIの時代においても、人権問題はついてまわる。もともと監視国家である東独出身者のメルケルは、常に見張られ、ときに同僚に密告されるなどの目に遭いながら育ってきた。だからこそプライバシーについての思いは人一倍強い。そのため、アメリカや中国ではなく、ヨーロッパがプライバシー保護の基準を決めて、世界的なデジタル規格についても主導権を握るべきだと考えてきた。「個人データを国家や企業に所有させてはならない」という信念があるのだ。現実主義者のメルケルは、中国の大手電話会社ファーウェイと交渉しながらも、プロバイダー企業に関してはドイツがしっかり管理するという点は譲らない。 

 このように監視国家の中国に対して、用心深く振舞ってきたメルケル。けれどもプライバシー侵害を仕掛けてくるのは、中国だけではなかった。メルケルは、最も信頼していた自由主義国家のトップに、みずからの携帯電話を盗聴されるというショッキングな経験もしている。まさに足元をすくわれたような思いをさせられたに違いない。その相手こそが、アメリカ大統領だったオバマである。

後編へ続く 「今はもう冷戦時代じゃない。友達が友達をスパイするなどあり得ない」 メルケルが“知的レベルが同じ”オバマに“激怒”した真相

メルケル 世界一の宰相

カティ・マートン ,倉田 幸信 ,森嶋 マリ

文藝春秋

2021年11月25日 発売

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