しかし、異変はすぐに起きる。正午から国会内で行われた自民党と公明党の幹部会合、通称“2幹2国”(両党の幹事長と国対委員長の4人に自民党の林幹事長代理が加わっていた)で、二階は「この5人で会議をやるのは今日で最後だ。総理は、衆議院については、総裁選を後回しにして、来週、解散する意向だ」と伝えたのだ。連立を組む公明党とはいえ、菅は、この段階で"解散案"を伝えることは想定していなかった。しかも、二階の言葉は断定調だった。二階に近い議員は、菅による“二階外し”の人事について「幹事長は『恩知らず』と怒っていた」と証言した。人事への不満が、こうした言動に走らせたのか。
そして、菅が“解散案”を直接伝えた別の政府高官は、この日のうちに近しい自民党幹部に対し、「総理が解散をしようとしている」と漏らしてしまった。こうなると伝言ゲームだ。様々なルートから、“解散シナリオ”が染み出すように、広がっていく。そして、その情報が毎日新聞にも伝わることとなった。
党内からは「菅が総裁選から逃げるのを許すわけにはいかない」という猛烈な反発が沸き起こっていた。
翌9月1日朝、官邸に姿を見せた菅は、報道陣の前で火消しに追われた。ぶら下がり取材に応じた菅は、いつもより早口で、表情は明らかにこわばっていた。
「これまでも、衆議院の解散総選挙については皆さんからたびたび御質問がありました。その際に、最優先は新型コロナ対策だと、こうしたことを、私は申し上げております。今回もまったく同じであります。今のような厳しい状況では、解散ができる状況ではないとこのように考えております」
記者が質問を重ねる。
「今は解散しないということでいいか」
「はい、今の状況じゃ、できないということです」
「任期満了までやり続けるってことでいいんですね」
「解散についてはそこは、もう今申し上げましたけども、解散をするような、今は、まず新型コロナ対策最優先ですから。そういうことを考えたとき、そんな状況にはないということを、明快に申し上げております」
「任期満了までに解散の選択肢はあるのか」
「総裁選挙をやるわけでありますから。総裁選挙の先送りも考えてませんし、そういう中で日程というのは決まってくるだろうというふうに思います」
総理大臣が伝家の宝刀であり、最大の権力の源泉でもある「解散権」を自ら封じるという、前代未聞の事態だった。
封じられた人事権
しかし、これだけでは収まらなかった。最大派閥の細田派の幹部会合では「総裁選前に、人事をやるのはおかしい」との異論が相次いだ。党内からは「こんな総理の人事を受ける議員がいるのか」との声も広がっていた。こうした党内の反発の広がりとともに、菅の人事の構想は、縮小していく。このままでは、人事を打診しても、断られる事態が起きかねなかった。