血筋の保存や家業の相続などの文化を背景として、女児よりも男児の誕生が待ち望まれる社会がある。現代では薄れてきている感覚ではあるが、つい数十年前までは日本でも男児、特に長男こそが「イエ」にとって重要な存在だった。

 このような性別に対する意識、文化の差が、中国・インドをはじめとする国々で大きな問題を引き起こしているという。ここでは京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授である池亀彩氏の著書『インド残酷物語 世界一たくましい民』(集英社新書)より一部を抜粋し、性別意識がもたらす影響について概観する。(全2回の1回目/後編を読む)

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消える“日本の人口に匹敵する数の女性たち”

 「消えた女性たち(missing women)」という表現をご存じだろうか? これは、ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センが1990年12月20日付の『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』で発表した「1億人以上の女性たちが消えている(More Than 100 Million Women Are Missing)」という論文で初めて使われた表現だ。日本の人口に匹敵する数の女性たちが消えているとは、どういうことなのか?

 「自然な状態であれば、100人の女児に対して、105から106人の男児が生まれることはほぼ世界共通である。しかし男性が有利なのはここまでで、なぜか女性の方が病気などへの抵抗力が強く、単に女性が男性よりも長生きするだけでなく、成長期においても、同じ栄養状態、医療体制であれば女性の方が生存しやすい。そのため、ヨーロッパ、北米、日本では女性の人口の方が男性よりも多い。

 だが、この女性と男性の割合は場所によって大きく異なる。他の地域に比べて女性の割合が著しく低い地域が中国、南アジア、西アジアなどである。もし男女比を1:1とすると、この地域では1:0.94(1990年時点の数値)であり、他の地域では生存しているはずの女性がこの地域では6%も「いない(消えている)」ことになる。さらにいえば、男性と女性が同等に扱われている地域での男女の人口比は1:1.05であるから、それと比較すると実に11%の女性が消えているわけだ。こうした計算によって導かれたのが1億人という数字であった。つまり本来ならば生きているべき1億人もの女性が何らかの原因でいないのだ。