何を語るか。何ができるか。
それなりの覚悟はあった。前日、拘置所の処遇担当部長から電話があり「明日朝、7時半に拘置所へ来てください」と告げられていたからだ。理由の説明はなかったが、処遇担当部長の普段とは打って変わった重苦しい口調から、死刑執行の知らせであることを直感した。
死刑執行に立ち会う経験はなかったが、確定死刑囚の教誨を担当していれば、いつかはその時が訪れるとは思っていた。交流のある数人の確定死刑囚の顔を思い浮かべながら、まんじりともせず夜を過ごした。
「なぜ木田さんなのか。理由は何ですか。殺す意味はどこにあるのですか。そう叫びたくもなりましたが、どうしようもありません。教誨師としての役割を果たすよう、自分に言い聞かせていました」
所長室の近くにある控え室で待っている間、この3年間に木田死刑囚と話したことを思い出しながら、目をつぶって考え込んでいた。刑の執行を目前にした死刑囚に、いったい何を語りかければいいのか。自分に何ができるのか。迎えの刑務官がドアをノックするまでの15分間ほどが、とてつもなく長く感じられた。
刑務官に導かれながら5分ほど歩くと、刑場の入り口に着いた。拘置所内をぐるぐると回るように歩いたせいか、場所がどこなのかよくわからなかったが、地下にいるように感じられた。いくつかのドアをくぐる間、それぞれに刑務官が緊張した面持ちで立っていた。この何分か後には、この道を木田死刑囚も歩くことになる。その時のことを想像すると、胸が締めつけられる思いだった。
刑場のドアを開けると、カーテンで仕切られた部屋があった。部屋の隅にはテーブルと椅子が置かれ、小さな祭壇が設けられており、拘置所長ら幹部のほか、警備の刑務官十数人がその周りを取り囲むように立っていた。
カーテンで隠された向こうには、天井から首をくくるロープが垂れ下がり、床には木田死刑囚が立たされる踏み板がある。幹部たちの脇に来るよう勧められたが、鉛のような空気に押しつぶされそうになり、その場にしゃがみ込みたい気持ちだった。
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