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 弁護人の職務は、被告人の有罪を否定する証拠をできるだけ多く集めて裁判所に提出することだ。しかし、捜査段階で弁護人が集められる情報はきわめて少ない。捜査段階では警察や検察の持っている証拠は何も見えないし、依頼人の話を聞くといっても拘置所での接見だから、集められる情報はたかが知れている。弁護士が動けるのは、依頼人が起訴され、相手側の証拠を全部見てからにならざるを得ない。刑事裁判が難しいのはこの点である。

論理の世界にエモーショナルな要素はいらない

 また、冤罪であっても、脅しや誘導によって自白が強要され、裁判でその供述調書が偏重されることもよくある。冤罪でなくても、不当に重い処罰を受けるかもしれない。まかり間違えば、死刑になるかもしれない。

 刑事被告人は、このような立場に置かれているのだ。これほど弱い存在はないであろう。

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 しかし、普通の生活を送っている人々は、刑事事件は自分とはまったく関係ないと思っている。ましてや、自分が刑事被告人になるなど想像もしていない。そのため、刑事被告人が弱者であるという発想そのものが、頭のなかから抜け落ちているのだ。

「いや、被害者こそ弱者だ。もっと被害者の声に耳を傾けるべきだ」と、読者の皆さんは思われるかもしれない。

 被告人自身が罪を認め、弁護士も認めている事件であれば、「被害者の声を聞け」というのは確かに理にかなっている。

 しかし、無罪を争っている場合には、その被告人が本当に罪を犯したかどうかはわからない。そこに被害者が出てきて、確たる理屈もなく「この人を厳しく処罰して下さい」と求めるのは、おかしな話だと私は思っている。

 証拠により事実を認定するという論理の世界に、不合理かつエモーショナルな要素が入ってきてしまうからだ。被害者として処罰を求めるなら、有罪が決まってからにするべきであろう。

【後編を読む】「捜査当局にとって痴漢は重大事件ではないので、捜査官の熱が冷めてしまうのかも…」それでも日本で“痴漢冤罪”による前科・前歴が生まれ続けるワケ

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