夫婦が望む場合には,結婚後も夫婦がそれぞれ結婚前の氏を称することを認める「選択的夫婦別姓制度」についての議論が白熱して久しい。その大きなきっかけの一つには、2018年にソフトウェア会社社長の青野慶久氏を含めた原告4名が、民法の改正を求めて国を提訴した裁判(2021年6月24日に最高裁が上告を退けるかたちで原告側の敗訴判決が確定)が挙げられるだろう。青野氏が裁判を起こすまでに体験したこと、そして行動に至るまでの思いとはどのようなものだったのだろうか。
ここでは、同氏の著書『「選択的」夫婦別姓 IT経営者が裁判を起こし、考えたこと』(ポプラ社)の一部を抜粋。結婚時に妻の姓を選択してから経験した、不条理ともいえるさまざまな不便について紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
◆◆◆
「西端」姓になった理由と、変化
さて、時計の針を戻しましょう。そもそも、なぜ僕が結婚時に妻の姓に変えたかについてお話ししたいと思います。といっても理由はシンプルで、妻が希望したからです。
「私、名字、変えたくないんだけど」
「えっ!」
「女性が改姓するのが当たり前って風潮はどうかと思うんだよね」
「うーん」
僕自身、当時は妻が自分の姓になるものとばかり思い込んでいました。正確にいうと、そのことについて考えたこともなかった。しかも、結婚しようという話になってから突然そう言われたので、やや面食らいました。
そこで、新卒で入社したパナソニックで机を並べていた女性の同僚や先輩、サイボウズの社員たちのことを思い浮かべてみました。
結婚をきっかけに改姓した女性たちは旧姓を名乗り、ふつうに仕事をしている。とくに不満を聞いたこともない。自分の場合、「青野」の名前で仕事さえできれば困らない。――よし、たいした問題にはならないだろう。
そんな軽い気持ちで「じゃあ、僕が名前を変えるわ」と了承しました。
ときは2001年。いまよりもさらに女性側の名字を選ぶ夫婦は少ない時代でしたが、そこはあまり気にならなかった。愛する妻のため……というとかっこいいのですが、正直なところ、深く考えてはいなかったのです。
ところが婚姻届を出して以降、じわじわと「これはむちゃくちゃ大変やないか」と気づきます。
まずは改姓の手続き。健康保険証、運転免許証。そして、免許証を証明書としている銀行口座、証券口座、クレジットカード、携帯電話、飛行機のマイレージカードから近所の図書館の会員カードまで。さらには、各種ウェブサービスに登録している情報の変更……。